story
□よりによって新一(怪盗キッド)
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今、私の目の前には新一がいる。
正しくは新一の姿をした快斗だ。
「…なんか怒ってる?」
むすっとした私の顔を覗き込む快斗。
『…怒ってる』
ふいっと視線を逸らすと、快斗が苦笑したのが見えた。ここは船の中。海の上。怪盗キッドの予告状を受け、小五郎さんや蘭と一緒に私もついてきたのだ。
『なんで…よりによって新一なのよ』
そりゃあ新一と快斗は顔も声も似てるし、その方が変装も仕事もしやすいのはわかってる。
でも、新一の姿だと…。
「あっ、新一いた!」
「蘭」
新一の隣には蘭がいなきゃ。
「リナもここにいたのね」
『あ、うん…』
嬉しそうに笑う蘭を見て、私は快斗から距離をとる。それを横目に見ながら快斗は蘭と一緒に行ってしまった。
『はぁ…バ快斗』
とぼとぼと快斗達とは反対方向に歩いて行くと、コナン君…新一を見つけた。
『ちょっと新一』
「おまっ…その名前で呼ぶなって」
『なにキッドに変装されてんのよ』
「俺に言うなよ…」
これは完全に八つ当たりだ。
『じゃあ誰に言うのよ』
「キッドだろ」
『もう言った』
私は新一を置いてすたすたと歩き出す。もう帰りたい。海の上だから帰れないけど。
静かなデッキに出ると、柔らかい潮風が頬を撫でた。夜空には月が昇っている。
『…快斗のバカ』
視線を落として小さく呟いた。
「だーれがバカだって?」
急に聞こえた声に顔を上げると、隣にはいつのまにか快斗がいた。姿は新一のままだけど。
「機嫌なおせよ」
『……』
にっと笑って顔を覗き込んでくるもんだから、つい許しちゃう。
『…ごめん、ちょっと妬いただけ』
そう言うと快斗は驚いたように私を見つめる。そして次は顔を赤く染めていた。
「…んなかわいいこと言うなよ」
快斗は小さく息をついて私を見る。
「…キスしていい?」
ぐいっと腰を抱かれ、距離が近くなる。
『っ、だめ!』
「…なんで」
今度は快斗が不機嫌そうになった。
『だって、新一だもん』
「快斗だよ」
『いやわかってるけど』
快斗から少し視線を外す。
『快斗としか…したくない』
「っ!!」
快斗は私の腕を引き、そのままデッキの隅へと連れて行く。船体の壁と快斗の間に挟まれ身動きがとれない。
「…これでいいか?」
ふと見上げるとそこに新一の姿はなく、目の前には私の大好きな快斗がいた。
『快斗…』
「少しの間だけだからな」
そう言って快斗は我慢できないとでも言うように私の唇を奪った。
『んっ…』
波の音だけが私達を包む。
だんだんと深くなるキスを受け止めながら、私は快斗の背中に手をまわした。
『は、…んん』
息が乱れ、名残惜しそうに快斗の唇が離れていく。
「お前…あんまかわいいこと言うな」
『ほんとのことだよ』
「だからそれがやばいんだって」
快斗は頭をくしゃりとかきあげる。
「帰ったら覚悟しとけよ」
『ふふ、待ってる』
そう言って再びキスを交わした。
もうしばらく快斗の姿でいてね。
end.