事件帳
□彼のとコンタクト
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(なるほど、君じゃなかった…。)
折れない信念。強い瞳。たくましい心。
君を表すのはこんな言葉がふさわしい。興味を引かれ、「目的」とは別に観察対象として追って居た。ただ、僕にはどれも、とても脆く見えた。
「見つけたと思ったんだけど、違うみたいだ。」
そうつぶやき、部屋を後にする。
綾「ん……何、ここ。」
重い身体を起こし、全身にまとわりつく鈍い痛みに耐える。
綾「…マンション?痛っ…!」
見覚えのない部屋、家具…辺りを見回しているとふいに扉が開いた。
?「目が覚めた?お姫様。」
綾「…そんな年じゃ無いわ。誰?」
?「あれ?困ったなぁ。思っていた以上に気が強いみたいだ。」
綾「?…どういうこと。助けてくれたってことで良いの?」
?「もちろん。他意は無いよ。…女王様、かな。」
そう微笑みながら答えると、彼女は小さく息を吐き、柱に縛られている自分の足元に、視線を移す。
綾「どう見ても監禁に近いけど…怪我は手当してあるわね。ありがとう。」
昨日起きた乗用車の暴走事故。一般人を庇い、彼女は全身を打った。幸い、減速していたタイミングでぶつかったため、大事には至らなかった。
?「君に怪我をされるとね、って…その顔はまだ疑問があるみたいだね。」
綾「誘拐でしょう、これ。他に警察の応援だって居たのにわざわざ私を保護したんだもの。それにあなたの名前、それからここの場所。疑問どころか疑惑だらけだわ。」
?「山田太郎、それが僕の名前。君を攫ったのは少し話がしたかったからで、繋いだのは逃げない様に。ここは秘密基地で、後は…デートに行きませんか?あなたとなら駆け落ちでも構いません。」
訳が分からないと言わんばかりの顔でこちらを見てくる彼女。こんな態度でもし、僕が凶悪犯だったらどうするつもりなのだろうか。
綾「お断りします。山田…あなたジョンスミス?は…まさかね。」
山田「そのまさかなんだけどなぁ。しかも普通に会話なんてして…。それより一つ。君が女性なら良い加減気づいて欲しいかな。」
と、彼女の乱れた胸元を指差す。
綾「っ…!?読めないわ、あなた。」
山田「覚えてないのか、残念。あんな風に…まるでケモノの様だった。意外だったよ!」
僕が笑いながら言うと、彼女は焦ったような表情で目だけ逸らし、何か考えている。おそらく記憶をフル回転させているのだろう。そんなことをしてもただの冗談だから無駄なのだが。
山田「本当に、暴走車の前に飛び出した姿はケモノみたいだったよ。お陰で満身創痍。おまけにスーツもボロボロ。もう少し自分を省みないと。」
綾「っあ、あのね!!はぁ…いや、なんでもないわ。話って?」
山田「せっかちだよね、本当に。デートを所望してるんだけど?ま、良いか。」
言いながら跪き、警戒心の解けないその瞳を覗き込む。手の甲に口付け、顔を上げてから顎に手を添え、視線を合わす。
山田「綾…指輪。」
綾「え…?」
山田「指輪を探してるんだ。知っている?もしくは持ってる…かな。世界中のコレクターが欲しがるものだよ。」
綾「さあ知らないわ、持ってない。聞いたことも…。」
軽い催眠をかけたつもりだが、あっさり掛かってしまう。気が強いのを知っていたから、もう少し苦労するかと思ったのだが、手間が省けた。
山田「そう。そういうぼーっとした顔、二人きりの時にされると誘ってる様に見えるよ。」
綾「っ!!?…今何かした?」
山田「あれっ、残念。さて、そろそろ帰ろうか。穂積さんたち、心配してるよ。」
綾「ジョンスミス!!あなた、このままタダで帰すつもりないでしょう?」
微笑んで誤魔化しカツン、と靴音を立て彼女に背を向ける。軽く睨むような視線を背中に感じ、この気の強い女王様を帰す準備を始める。
山田「さて、帰りましょう。お供しますよ。」
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櫻井「…さん?九条さん!」
綾「………?…え!?あれ、私寝てた?やだごめん…。」
櫻井「大丈夫ですか?珍しいですね、うたた寝なんて。」
綾「んー?…私、今日…なんでもないわ。」
櫻井「どうかしました?昨日の事件で疲れてるんですよ!自動車暴走事件で!」
綾「?…今なんか、あれー?もうボケたのかしら私。働きすぎたわ、きっとそう!」
櫻井「本当に大丈夫ですか?今日は小野瀬さんも誘って飲み会だそうですよ!いつものところで。」
綾「よっし!飲みますか!」
翼ちゃんと顔を見合わせ笑い、最後の作業に取り掛かる。少し感じた違和感をあっという間に忘れて。
JS「上手く"返せた"ようで。君と話せた証にこれはいただくよ。だから今日は大人しく帰ることにしようかな。マルガレーテも、また会いにくるね。」
捜査室に入る後ろ姿を見つめる。まさか、彼女も見つかるなんて、良い気分だ。
手を広げ、そこにあるネックレスを見つめる。きっと彼から貰ったのだろう。鞄の底に丁寧に入っていたのだから。
JS「だから、別に彼に少し嫉妬したくらい、許してくれるよね。」
来た道を戻り、先ほどまでの事を思い返す。僕が感じた脆さは、彼女なりの進化の可能性なのだろうか。
正直、もっとつまらない人間にも見えたのに、もっと興味が湧いてしまった。
すぐに解けた催眠といいどうやら、あの女王様は一筋縄では行かないかもしれない。そんなことを考えながらネックレスに口付けた。
ジョンスミス「…欲しくなったよ。」
…心までね
END