外伝の回廊

□君は知るや南の国
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その館は、森の奥にひっそりと建っていた。
時に置き去りにされたかの様に、深い深い森に隠され護られているかの様に…。





長い雨の季節が終わり、夏の女神がその脚を踏み出したかの様な暑い午後。
明日から長い休暇を取る私は、休暇中の近衛隊の配置を報告すべく、王后陛下のいらっしゃるプチ・トリアノンへ向かっていた。


「暑いなぁ」


隣でゆったりと馬を操るアンドレが、眉根をしかめてうんざりしている。


「お前は、夏産まれじゃないか。暑いのは慣れているんじゃないのか」


広大なグラン・パレスの庭園は、目にも鮮やかな緑が所々に散らばる花や貴婦人達のドレスの色をアクセントに、陽射しの中で輝いている。


「産まれたのが夏だから暑さに強いなら、冬産まれのお前は、さぞや寒さに強いのだろうな」


黒髪の幼馴染みは、私が大好きな黒葡萄の瞳を、きらきらと光らせ、悪戯っ子みたいに笑っている。
まあ、暗に私の寒さ嫌いをからかっているのだが。


通い慣れたプチ・トリアノンへの道に、馬も久々の晴れた空気を楽しむかの様に足取りが軽い。

時々擦れ違う顔見知りの軍人や官吏が、帽子に手を充てる姿も、何だか晴れやかに見える。


「で、明日は予定通りで良いんだな?」


「ああ」


私とアンドレは、かねてから訪ねたかったコンデ公の大厩舎を見に行く計画を立てていた。
大元帥の名を欲しいままにした三代目大コンデ公は、フランス国軍には切っても切れない人物であり、彼の生涯の大半を占めた戦争の話しは、幼い頃から私の大好きな歴史の授業にも何度も登場していた。

その大元帥の子である四代目のコンデ公は、狩猟が趣味でそれが高じて、宮殿と見間違える程の大厩舎と馬場を、十年の月日を費やし造り上げ、選び抜かれたシャンパーニュ種の馬を、240頭も飼育し、同じく有能な猟犬も揃えていた。
王家の傍流とはいえ、それだけの権勢を誇るコンデ公は、シャンティイの華麗な城とその周辺に広がる豊かな自然を有した領地を愛し、現コンデ公も故郷と呼ぶ程である。


コンデ公は、こう言っては何だが、当世の貴族の例に漏れず、あまり軍人としては尊敬出来る人物ではない。
だが、大貴族として先祖の残した遺産を謳歌し、また讚美される事を好んでいたので、私からの大厩舎見学の申し入れを、二つ返事で許可してくれたばかりか、シャンティイ城への滞在まで取り計らってくれた。


「おい、オスカル。かの方はランジェ卿じゃないか?」


早、シャンティイへ心を飛ばしていた私を引き戻したのは、幼馴染みの低い声だった。





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