Anniversary
□怪異の3月3日
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高級マンションのワンフロア。
そこがヒソカと暮らす所だ。
ドアを開けると、中からいい匂いが漂ってきて、ナマエの鼻を掠(かす)める。
ヒソカの手料理が食べられる。
たったそれだけだが、酒盛りをパスするだけの価値がナマエにはあった。
「ただいま〜!スッゴくいい匂い〜!」
玄関で靴を脱ぎ散らかしながら、ナマエは奥へと声を投げた。
トタトタと廊下を駆けて、ドアを開け、入ってすぐに、左を見る。
そこにはキッチンがあって、ヒソカが何かを炒めていた。
目が合ってお互い、小さく笑う。
「おかえり、ナマエ♠
今日は和風パスタだよ♣」
「やったー!何か手伝えることある?」
脱いだコートやマフラーをクローゼットに片付けながら、ナマエは訊いた。
「あとはキミが座れば完璧♥」
優しい声音の方を振り返り、ナマエはニコリと笑ってまた駆けた。
ヒソカとの夕食は、ナマエにとって至福のひとときなのだ。
夕飯を食べ終わった2人はソファに腰掛けて、のんびりしていた。
「今日も大漁かい?」
「もちろん!
雪山だったから、かなり寒かったけど、楽しかったよ♪」
足をバタバタさせて、喜ぶナマエの頭をヒソカは撫でる。
サラサラとした髪が与える触り心地とヒソカだけに見せる顔が何とも言えない。
「それはよかったね♣」
ヒソカもナマエにしか見せない笑顔を返した。
「ヒソカは?何か面白いことあった?」
「残念なことにこっちは収穫なしだよ♦
だから、キミのキスが欲しいな♥」
「いいよ」
ニヤリと笑ったヒソカの唇に唇を重ねる。
ヒソカはその頬がほんのり赤いのを確認する。
付き合って数ヵ月経つが、まだキスに慣れていないナマエがかわいい。
少しはっちゃけた事を言うと、すぐに赤くなる頬に舌を這わす。
ビクリと跳ねた肩を掴んで、また唇を重ねた。
舌を入れようとした時、タイミングを図ったように「お風呂が沸けました」との機械が喋った。
少し残念に思いながら、ヒソカはナマエを解放した。
「続きはシャワーの後に取って置くよ♠」
「そうして下さい」
真っ赤な顔で頭を下げて、ナマエは浴室へと逃げていった。
ほんと、キミは弄(いじ)りがいがあるなあ♣
ソファに残されたヒソカは楽しげに微笑む。
「キャアアアアアアアアアアアアア!!?」
突然響いたナマエの悲鳴に、ヒソカは何事かと浴室に飛んでいった。
しかし、浴室に着く前に裸のナマエが抱きつかられた。
きゅっと抱きつくナマエは何かに怯えているよう見える。
虫を含めたある程度の物は平気なナマエ。
そのナマエが悲鳴の上げているのだから、よっぽどの事だろう。
「一体、何があったんだい!?」
「お雛様が、お雛様が…!」
青い顔でそう繰り返すナマエ。
「オヒナサマ?」
「お風呂に、お雛様が…」
今にも泣きそうな顔は恐怖でいっぱいだ。
ヒソカはオヒナサマが何かわからないまま、ナマエを連れて浴室へと行った。
ドアを開けると、そこはいつもの浴室だった。
「何もないよ?」
「違う!あそこ!」
金切り声のナマエが指差したのは、浴槽。
そこに横たわる蓋(ふた)を開けて、ヒソカは固まった。
湯舟には黒の長髪をたなびかせて浮かぶ女の人形が。
その青白い顔に不釣り合いな赤い唇が不気味な上に、紅の着物が血のようだ。
バンジーガム【伸縮自在の愛】で、人形を引き寄せ、ヒソカはナマエを連れて浴室を出た。