Access
□何を待っているのか、何を望んでいるのか
1ページ/10ページ
今日もナマエはあの部屋にいる。
深夜、ボクはこっそり窓から中へ入った。
「ヒソカ?」
凛とした声が静まりかえった部屋に響く。
「…なんだ、もうバレたのか♠」
「こんな夜中に来るのは貴方ぐらいですから」
クスクスと女の笑う声がした。
ボクは彼女のいるベッドへと歩み寄って、その縁に腰を降ろした。
「こんな時間に起きているなんて、キミらしいけどね♣」
「その言葉、そのまま貴方に返します」
また口を綻(ほころ)ばせながら、ナマエは腕をこちらに伸ばして、ごそごそと動かした。
「何をしているんだい?」
ボクの問いかけにナマエは上半身を起こした。
「貴方を探しているのです」
眉を寄せて、苦笑するナマエは答えた。
手を動かしながら。
「ボクはここだよ、ナマエ♥」
その細い手を取って、ボクは言った。
「見たいものが見えないのは、やはり難儀です」
彼女は生まれながらの全盲だ。
ボクがナマエに出会ったのもそれがきっかけ。
「男の人の手はみんなこういう風なのでしょうか?」
見えない目を開いて、ナマエはボクの手の感触を楽しんでいる。
「一概にそうだとは言えないけど、たぶんみんなこんな感じだよ♦」
「不思議です。
同じ人間なのに、骨や筋肉の質はこんなに違う…」
ボクの腕を指でつついたり、押したりしてナマエは笑う。
「そう言えば、女性には喉仏がないんだよね♠」
ボクはそう言って、ナマエの手を自身の喉仏に導いた。
「おおおおっ!新鮮です!わっ!動いた!」
喉仏1つでこのはしゃぎよう。
ずっとこの部屋に閉じ込もっている、いや、閉じ込められているナマエは知らないことが多い。
ボクがここに来るのは、そんな彼女に外の世界を教えるため。
「お気に召していただけたかな?」
ボクが問うと、ナマエは満面の笑みで「はい!」と、頷いた。
「やっぱり、私、外に出てみたいです…」
先程の笑みが消え、どんよりと俯(うつむ)く。
「ダメダメ♣
また家出なんかしたら、余計に縛られるよ?」
「じゃあ、もっといろいろ教えて下さい。
でないと、外に出たい衝動を抑えられません」
「それじゃあ、あの時の喫茶店が今どうなっているのか話そうか…♦」
「はい!お願いします!」
ナマエは声を頼りにボクの方を向いて笑う。
その笑顔の屈託の無さは、ナマエが汚れていないからだと、ボクは思う。