小説

□幸福の在処 1
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彼はあの時の判断が間違っていたとは思っていない。

ただ、時々"もし"を考えてしまうのだ。もし違う選択をしていたら。
どんな現在になっていただろうと、
彼女はどんな今を過ごしていたのだろうかと。

考えてしまう。

いまこの時、
果たして彼女は幸福を見出しているだろうか。









プロシュートが初めて彼女に出会ったのは、もう10年余も昔のことだった。
パッショーネに入る前、ちょっとだけ悪さを覚 え始めた、どこにでもいる少年だった頃だ。

そうだ名無しさんに出会ったのは故郷の街角だった。


その日午前の授業を珍しくまともに受講し、昼食がてら学校を出た。

たぶん午後に学校に戻ることはないな、と考えながらプロシュートは街をぶらつく。

花屋の店頭を華やかにミモザが飾る季節。
こんな日に校舎に閉じこもっている連中の気が知れない、とプロシュートは気分良く石畳を踏み鳴らす。


(イカした女か、いつもの連中でもいないか…)

暇潰しの出来る相手を求めて勝手知ったる路地裏に足を向けた時。
そこに少年たちがたむろしているのを見つけた。
プロシュートよりも二つ三つ年下と見える少年たちは、何かを取り囲んで声をあげていた。
「ルールなんだよぉオレらのいうこときけねーのかよぉ」
「そうだぜ!ここいらはオレたちのなわばりなんだよォ!まずはアイサツとカネだろォ!」
「この街のルールだっつってんだろ!」
「カネだよっカネもってんだろォ」

カツアゲ現場に遭遇してしまったらしい。
(オレらの街、ね。バカなガキだ)
プロシュートはふん、と鼻で笑って、さて…と考える。
(クソガキが巻き上げたカネをぶんどるか、俺が直接巻き上げるか…)
どっちがいいかな?取り敢えず少年らの汚い口を黙らせようと決めて、
カツアゲに夢中な彼らの背後から低く声を張った。
「クソガキども…オメーらの街だとはいい度胸だなァ?んん?」

少年らはその声に一斉に振り向きアッと声を上げる。
「プ、プロシュートさんッ」
「どうもっス!」
全員背筋を伸ばして最敬礼の様子だった。
「小遣いかせぎもいいがなァオレらの街っつーのは聞き逃せないなァ」
ああ?とプロシュートが睨みつけると少年らはヒッと叫んで、慌てた様子で彼らの背後からカツアゲのカモを引っ張り出す。
「スミマセンっす!こ、このガキがウロチョロしてたんで…」
どんっと押し出されて出てきたのは、少女だった。

ブルネットの髪、大きく見開かれた瞳はオリーブ色。
人形のような容貌の少女。
プロシュートよりも頭一つ低い身長。
年齢もかなり幼く感じた。

(ホントのガキじゃねえか)

緩い巻き毛がふわりと舞う。
少年たちに押された勢いそのまま、ブルネットの少女はバランスを崩して石畳みに膝から転んだ。
「お、おいっ」
プロシュートに非は無いのだが、小さな少女が目の前で思い切り転んでも無視できるほど彼の心は腐ってなかった。
「…大丈夫かよ」
腕をひっぱってやるとよろよろと立ち上がった。
しかし彼女はぽかんとしており、何が起こっているのかわかりません、とその顔に書いてある。
それはそうだろう、カツアゲされていたかと思ったら急に突き飛ばされて転がされたのだから。

「オメェらよぉ…相手みてカツアゲしろや!こんなガキカモってこのクソガキどもっ」
大人たちから見ればプロシュートも立派な"クソガキ"なのだが、少年らとプロシュートのあいだの力関係ははっきりしていた。
「すすすみませんでしたァ!」
「プロシュートさんっすみませんンンッ!」
一斉に謝罪をはじめる少年らをプロシュートは更に一喝して追い払った。
「うるせェ!散れ!二度とやんな!!」

「おいっ」
少年たちが逃げて行くのを見送り、呆然としている少女に声を掛けた。
少女はびく、と顔を上げプロシュートを見上げた。
「オメェもガキがこんなとこウロチョロするんじゃねぇ!」
危機感の無い少女に苛立ち声を荒げれば、少女はまた、びく、と肩を震わせてそして、ついに感情が状況においついたらしく、
「…うぅっ、ふえ…っ」
しゃくりあげた。
「げ。お、おいっ」
ヤバい泣かれる。ちょっとまて、こんなとこで大声で泣かれたら…!
一瞬で警察署に連行されて少女誘拐か暴行未遂で訴えられる、とプロシュートの思考が駆け巡る。

(オレがとんでもない極悪人にみえんだろーがっ)

「おうち、わかんなくなっちゃって…」
「はぁぁぁ!?」
「お引越しして、お散歩してたら…」
迷子になったらしい。
「…ケーサツに」
連れて行ってやるかと言い掛けて、行けるわけないと思い直す。
プロシュートがこんな少女を連れて警察署に行こうものならその瞬間両手に手錠が掛かるだろう。
(かといって、ここにほっとけば…)
先程のような連中はもとよりもっと危険な目に遭うだろうことは目に見えている。
「………はぁぁぁ…しょぉがねーな…」
「??」
「おまえどっちの方から来たんだ?」
「??」
「家、探してやるからよォ…どっちのほうから来たのか言えよ」
「あ、ありがとう」
「ったくなんで俺が…」
家を探してくれるときいて余程安心したのか、少女はへにゃりと笑っていた。こみあげかけた涙も引っ込んだようだ。
「…えっと、たぶんこっち、おにいちゃん、こっちだとおもうの」
ぐいと少女に袖を引かれてプロシュートは一つ息を吐くと歩き始めた。

分かれた道に行き着く毎に少女はキョロキョロと辺りを観察し、自分の来た道を探そうとする。
「…んー…こっち、かな…」
そうして、プロシュートの袖を引くのだった。
「オメェな…ほんとかよ、さっきから同じトコ歩いてるぞこれェ!」
「今度こそ合っている気はするの」
少女はあまり人見知りをしないのか、2人連れ立って歩くうちにプロシュートが声を荒げても動じなくなってきていた。
「さっきもそう言ってたじゃねえかっ」
「…あ、やっぱり合ってた」
見覚えのある風景に少女は嬉しそうににっこり笑う。
「…あそう」
また通りをゆっくりと歩き始め、しばらく歩いたところで袖を引かれる。
「家あったか?」
やっと解放されるのか、とプロシュートが嬉々として訊けば首を横に振られた。
「じゃあなんだよ」
「あの、ちょっと…足…つかれたの」
もじもじと言いにくそうに疲労を訴える。
言いにくくて当然だ。家を探してもらっておきながら、堂々と疲れただの言われていたら頭を一つ、はたいていたかもしれない。
「そこ座れ、きゅーけい」
プロシュートが道端のベンチを示すと、少女は嬉しそうにそこに腰掛けた。


「オマエさ、いくつだ?」
プロシュートは足を休ませるため、少女とならんでベンチに腰掛ける。
そしてふと、聞いてみる。
「13歳です」
「はああぁ!?まじかよ!?2つしかかわんねえーのかよ!
っつーかその年で迷子になるか!?」
少女を今一度じっくり見てみる。13歳…みえなく、ないか?
正直10歳くらいだと思っていたプロシュートだが、一応イタリア男の端くれとしてその事は言わない。
というか、プロシュートのことをおにいちゃんと呼んだが、彼女はそんな年齢ではないではないか!もうそろそろ少女と女性の間というところだ。
「…だってイタリア初めて来て……同じような通りばっかりで…」
「は……じゃあ家帰ったらママに地図でも買ってもらえ…」
方向音痴なのか注意力がないタイプなのか、少し呆れてプロシュートは小さく笑った。




休憩を挟んで歩き始め、数分も行くと少女の足取りがたしかなものになった。
「ここ通った!このちかくだよ!」
「…なんだ俺の家の近くじゃねえか」
二人が出会った裏路地からそれほど離れていないのだが、少女がとんでもなく遠回りやら変な道を通ったために時間がかかったのだ。
「あっこっちこっちここ!ここだよ!」
少女が嬉しそうに駆け出す。プロシュートは袖を掴まれ半ば強制的に彼女の家の前まで連れて行かれた。
「あーよかったな。家見つかってよォ」
どうやら少女の引越してきた自宅というのは、プロシュートが家族と住む家の通り一本隔てた先、歩いてすぐの極々近所だった。
最近まともな時間に帰ったためしがないため、少女の一家が越してきていた事を知らなかったのだ。
「うん!おにいちゃんありがとう!」
「あーはいはいよかったな。じゃあな」
ヒラヒラと手をあげ立ち去ろうとすると、
「おにいちゃん!」
少女が声をあげた。
「私は名無しさんっていいます!」
道も覚えられないお子様のくせに律儀なタチらしいとプロシュートはちょっと笑う。
「あそ」
「おにいちゃんのお名前は?」
興味をもたれたことに一瞬驚き、
「プロシュート」
なぜか素直に教えていた。
「プロシュートおにいちゃん!ありがとう!」
にっこりと笑う少女に小さく手をあげ、今度こそ彼女に背を向けた。

立ち去る背中の向こうで
「名無しさん!どこにいっていたの?」
息を切らした女性の声がする。
ちょっと振り向いてみると、少女とブルネットの髪の女性が名無しさんの自宅から駆け出してきたところだった。

「お母さん!」

予想通りの少女の嬉しそうな声が遠くに聞こえた。







こうしてプロシュートは名無しさんと出会った。

このとき迷子の彼女を放っておけば良かったのか、関わらない方が良かったのか
彼女の道にプロシュートが交わったことは本当に正しかったのか。
これから先、何度も自らに問うことになったのだった。







※出会い※
プロシュート15歳
名無しさん13歳
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