小説

□幸福の在処 2
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名無しさんとの別れから、3年後にはプロシュートは立派な…ギャングになっていた。

パッショーネという組織に身を置き、汚れ仕事ばかりしていた。
最初は所場代の集金から始まり、徐々に身のある仕事を任され、
そして辿り着いたのは、

暗殺。


人を殺す。
ただ過たず、正確に組織から指示された人間を殺す。
これがプロシュートが選んだ道だった。

現在。
プロシュートは暗殺チームに籍を置き、
日々仲間と共に、組織に不都合な人間をひたすら刈り取っていた。

彼女と別れてから6年が経っていた。

時の流れと日々の忙しさからプロシュートが彼女のことを思い出す機会は減り、
このままきっとすっかり綺麗に忘れて二度と会うこともないのだろうと、思っていた。
そして彼はそれでいいと思っていた。


人と人なんてそんなものだ。出会って、別れて、忘れて、また他の出会いが巡ってくる。

(そんなの当然じゃないか)


夜明け前のベッドの中でプロシュートは一人思う。
久しぶりに夢の中で彼女に会った。あの時のままの少女が夢の中で笑っていた。

(ガキじゃあるまいし)

くだらない夢だ。

くだらない夢、だからプロシュートは確認する。
もう二度と会うことはないのだ、と。

「会えるわけがない」
言い聞かせるように呟いた。


(人を殺してるんだぜ?)


彼は再びベッドに潜り込んだ。
もう少し寝なくてはならない。


明日からまた新しい仕事だ。











欠伸を噛み殺しながら、プロシュートは午後の陽光が眩しい通りを歩く。
民家の軒先を飾る花々を照らす日差しは強く、プロシュートが身にまとうサマージャケットでさえ少し煩わしい。

毎回のことだが、暗殺の仕事に事前調査はつきものだった。
まず対象のことを調べあげなければならない。

(リゾットのやつ…めんどくせぇ仕事はすぐに俺にふってくる)

今回の対象は麻薬の売人。しかもその辺のゴロツキではなく、社会的地位も持った表の人間らしい。

(下調べがめんどくせぇんだよ…)

心の中で悪態をつきつつも、プロシュートは対象がよく現れるという店をめざしていた。

街中の広場、若い男女の待ち合わせスポットの近くに差し掛かったとき、

「プロシュート」

名前を呼ばれた。雑踏の中から、女性の声。
確かにプロシュートを呼んだその声。

まさか。
プロシュートはその懐かしい声に耳を疑った。
彼女だ。この声は。
肯定しながらも、いやそんなわけがない。彼女はこの国にはいない。
彼女であるはずがない。
刹那の時間。大量の思考が彼のなかを駆け巡る。

「プロシュート…!」

雑踏を掻き分け駆け寄ってくる女性は、プロシュートの記憶にある少女ではない。
だが、その容貌はブルネットの巻き毛はオリーブ色の瞳は、
そしてその懐かしい声は
紛れもなく。

「名無しさん」
確信を持って彼女の名を口にした。


どんっと体当たりをされ、思わずよろめく。
そのまま彼女はプロシュートの首に腕を回して抱きついた。
ブルネットがふわりと広がって、彼女の背中に着地するのが見えた。
その懐かしい香りに思わず小さく笑う。

「プロシュート!」

ぎゅっとしがみつく彼女に思わず腕を回しそうになる。
しかし持ち上げた腕を一度下ろして、名無しさんの背中で握りこぶしをつくりゆっくり開く。
(だめだ)
自分は彼女を抱き返せる腕を持っていない。

「ああ。…ああ」
プロシュートは小さく返事をして、そっと彼女の肩に手を置いた。
ゆっくり名無しさんの肩を押して自分から引き剥がす。
久方ぶりに間近でみる彼女は、何かを堪えるような顔をしている。
泣き出しそうな、笑い出しそうな。

「プロシュート」
「久しぶりだな」

「プロシュート」
「あーっと…5年ぶりかァ?」
プロシュートはわざと軽い口調で問うてみる。

「プロシュート」
「…なんだ」

「…腕、あげて」
彼が投げかけた言葉はなぜか全て無視された。
そして相変わらず変なことを言う。思いがけない久しぶりの邂逅だというのに。
頼まれるがまま、彼がホールドアップの様に両腕をあげると名無しさんは空いた胸元にがばっと抱きついた。

「………おい」
「うん」

ため息しか出ない。先程のプロシュートの葛藤をしらない名無しさん。やっと我慢して抱き返すのを堪えたというのに、彼女はそんなことも知らず、遠慮なく彼の胸元に顔を埋めていた。

「……元気だったか」


それでも抱き返せず、宥めるように彼女の背中を叩くことしか出来ない。これは意気地がないだとかそんなことではなく、

「うん元気」

(俺には資格がない)

「そうか」

「プロシュート」
「なんだよ」



「貴方に会いたかった」


その声は涙交じり。



(俺もだ)

泣きたいのはこっちの方だ。



プロシュートは、ただ名無しさんの背中をそっと叩いた。







結局、プロシュートが引き剥がすまで名無しさんはそのまま抱きついていた。
そして離れてみると、彼のスーツの胸辺りはしっかりと湿っていた。

「ああっおい!濡れてんじゃねえか!」
「あ、ごめんね!嬉しくて顔から色んな液体が…」
名無しさんは慌ててバッグを漁ると、ペールピンクのハンカチを出す。
プロシュートのスーツをあわあわと拭う姿は昔と変わらない。
その時遠くから彼女を呼ぶ声がする。
「名無しさんー」
手を振りながら歩み寄ってくるのは、遠目でもわかるイタリア男。

「あぁっ大変!いかなきゃっ」
名無しさんはプロシュートの手にハンカチを押し付け、
素早くバッグから取り出した手帳に何かを書き付けた。
「プロシュート」
「なんだ、はやくいけよ」
デートなんだろう、プロシュートがにやにや笑いながら言ってやると名無しさんちょっと困った顔をして笑う。
「仕事みたいなものなの」
仕事、その言葉にプロシュートが口を挟む前に彼女は早口に続けた。

「プロシュート、ねえ、私この街に住んでるの。
また会いたい。お願い連絡して。お願い」

声を殺して一息に言って、彼の手に握らせたハンカチの中に破った手帳のページを押し込んだ。

「おい」

名無しさんはプロシュートの返事を待たずに踵を返して、近付いて来ていたイタリア男に駆け寄った。その距離10メートル程。

目をそらしていても、イタリア男がちらりとプロシュートの方に視線を寄越したのが分かる。

「知り合い?」
「いいえ、ぶつかっちゃったんです」

名無しさんがそう答えるのが聞こえた。プロシュートが聞いたこともないような声音だ。
抑揚のない、極力感情を殺した声。

「そう…じゃあ行こうか」
「はい」

男と名無しさんは連れ立って歩き出し、プロシュートの視界から消えていった。



プロシュートは残されたメモを開く。
電話番号だろう、数字の羅列。
「…」


名無しさんに繋がる数字とハンカチを上着の内ポケットに入れプロシュートもまた、歩き出した。









To be continued



※再会※
プロシュート25歳
名無しさん23歳
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