夢喰

□殺生―act2 因果
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「率直に言おう。君のお父上が狂ったのは病からではない。ある存在の介入があったから正気を失ったのだ」

「…んなっ!?」

 夏蓮は腰を上げると唖然とするこちらへ歩み寄る。距離を詰める彼女は挑むような瞳を自分へと向けた。

「君は…『真実』を知りたくはないか?」

 そう言って夏蓮は懐から一枚名刺を取り出すや、その裏になにやら走り書きをすると、この手にそれを握らせる。

「…これは?」

「私が今、宿泊しているホテルの名前と携帯の番号だ。これ以上の話はここでは出来ない。君がもし真に真実を欲するのであれば、改めて私に会いに来るといい。その時…私が知り得る全ての事実を君に話そう」

 柔らかな手が名残惜しむように離れていく。
 真実を語る、そう約束する彼女は、しかし、それを口にした事を後悔しているようにも見えた。
 夏蓮は鞄を手に取ると自分から背を背け、玄関へと向かい歩き出した。

「明後日まで滞在している。だが、真実は得てして残酷なものだ。私が提示する事実は、君が望むような真実ではないかも知れない。平凡に生きたいと君が望むのであれば先程の私の言葉は…忘れてくれ」

 背を向ける夏蓮は僅かに顔をこちらへ傾け一瞥すると、忠告とも取れる言葉を自分に残し去っていった。
 彼女が部屋を出ていく姿を確認すると、正太郎は脱力し、崩れるようにして床へとへたり込む。

「お兄ちゃん!?大丈夫!!」

 憔悴しきる自分を案じ、慌てて傍らへ駆け寄ろうとする陽菜。その歩みを正太郎は手を翳して制した。

「…はぁ…大丈夫だ。突飛なことが色々、ありすぎて少し混乱してるだけだ。悪い、陽菜、やっぱり濃茶を一杯淹れてくれ」

「…う、うん!」

 バタバタと、慌ただしく台所へ向かう陽菜の様子を見遣りながら、夏蓮が口にした言葉を思い返す。
 真実は得てして残酷なものだ。
 けれど、今の今まで自分は偽りの事実しか知らなかった。
 殺人者の子供、気狂いの息子。長らくそう蔑まされてきた。
 その元凶である父の存在もずっと憎んできた。それが真実ではないと言われ、心穏やかでいられる訳がない。

「……真実…か」

 それがどのようなものであろうとも、

「知っておかなきゃ…いけないよな…」

 吐露するように呟いた言葉は降りしきる雨音に掻き消される。
 既に起こった事は変えられない。しかし認識ならば変えられる。
 正太郎は眦を決するように前を見据えた。真実と向き合う覚悟をその胸に秘めて。








「殺生―act2因果」

2015.5.7
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