夢喰
□殺生―act2 因果
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『あぁ…』
それは感嘆の声。
『あぁ…これでやっと…解放される…』
安堵の表情を浮かべ、男はぽつりとそう呟いた。
これは間宮夏蓮にとっての追憶の光景。決して癒えることのない傷。
消え入るような声でそう言った"彼"は、今まで自分が見た事がないほどの清々しい笑みで空を仰ぎ見ていた。
何から解放されるのか。
何から逃れたかったのか。
その答えはもはや永久に得られない。
頸木(くびき)から逃れようとする"彼"は、こちらの制止の言葉を聞こうともせず、自らのこめかみに死を押し当てる。
言葉が詰まる。
踏み出そうとする足が震えた。
止めてと叫び、男へと伸ばしたその手も虚しく空を掴む。
『……夏蓮…涅槃で待っている』
愛おしむような瞳で自分を見詰める"彼"は、恐れることなく、躊躇うことなく…掛けた指をゆっくりと引いた――、
「………ょう…し…ちょう………………室長っ!」
ふいと、強く肩を揺さぶられ、我へと返った。
手にしたマグカップが傾き、中身が溢れそうな事に気付くと、慌てて夏蓮はカップをデスクの上へと戻す。
それを傍らに立つ女性に下げられれば、上から呆れ混じりのため息を投げ掛けられた。
見上げると、ゆるりと巻いた栗色の髪を揺らしながら、至極、心配そうな面差しでこちらを覗き込む彼女と目が合う。
「…すまない、美鶴」
決まり悪く笑うと、彼女、桐島美鶴は少し困ったような笑みを自分へと返した。
「………思い出されていたんですか?」
あの日の事を。
対策室の初期メンバーである、美鶴には自分が呆けている理由が直ぐ察せられたのだろう。
彼女にとっても、アレは決して忘れ得ぬ出来事であるから尚更だ。
「…ん…まあな…大丈夫だ、感傷に浸る程、私は繊細には出来ていないよ」
自分が今、成すべき事はちゃんと理解している。後悔に身を委ねるような、そんな愚かしい真似はしない。
そう自らを戒めるように、夏蓮はキュッと唇をきつく噛み締めた。
その様が美鶴の目には痛々しく見えたのだろう。憂えるように、彼女は眉根を寄せてこちらを見詰めていた。
「………コーヒー冷めてしまいましたね…淹れ直してきます」
踵を返すと、美鶴は新しいものを淹れにコーヒーメーカーの許へ戻っていく。
あまり無理はなさらないでください、そう去り際に慮る言葉を掛けながら。
去り行く美鶴の背中を見遣り、僅かに気が差した。負うた傷は、彼女の方が深いというのに、自分は気遣ってもらってばかりいる。情けない事だ。