夢喰

□偸盗―act5 潜行
1ページ/23ページ

「君は何故、我々がこの北上の地に本拠地を置いているのかと聞いたな?」

 白く無機的な廊下を歩きながら、間宮夏蓮は後ろに付く自分へとそう問い掛ける。
 対策室のある棟から厳重なセキュリティを抜け、伏魔殿のその奥へ。正太郎はこの施設の中核たる研究棟へ足を踏み入れていた。
 ここは普段より人の匂いが希薄な場所であるが、今、自分が立ち入るこのセクションはそれにも増して寒々しい。

「強いて言うならば、それはここが対策室が据え置かれる以前、その前身とも言える機関が存在した場所だからだ」

 夏蓮は閉ざされた扉の前で足を止めると、リーダーにカードを通す。やおら開け放たれた其処は、自分が想像していたモノとは全く違うものであった。
 罹患者を収容する監獄然とした光景が広がっているのかと思いきや、其処は数多の電子機器が並び立つ違った意味で生活感のない場所であった。

「ここは?」

「見ての通りの制御室だ。我が国と有志国により造立された量子コンピューター『那由多』のな」

 那由多。単純に解釈するならば、那由多は日本古来の数の桁を示す言葉だ。
 そこに演算機としての概念が入れば、それはスーパーコンピューターという意味を成す。
 だが、日本には既に『京』というスーパーコンピューターが存在しており、那由多などというモノは凡そ耳にした事がない。
 そも、"量子コンピューター"とは一体、何であるのか?
 耳慣れぬ単語に小首を傾げていれば、夏蓮はその概容を説明してくれた。

「量子コンピューターとは超微細な素粒子の世界に起こる"状態の重ね合わせ"を利用し、超並列的に計算が実行できる演算機の事だ」

 例えば、電子や原子核のスピンとよばれる量を、そのまま1ビットのメモリとして利用できれば原子一個分で1ビットの情報を記憶できる究極のメモリとなる。
 このメモリをキュービットと呼ぶ。このキュービット、通常の演算で使用する0/1の値だけではなく、量子的重ね合わせの状態も計算が出来るのだそうだ。
 10キュービットで1024通り。
 これを同時並列的に計算が出来るのだから、これが100、200ともなれば、その演算能力は従来の演算機とは比べ物にもならない破格なものとなることは想像に易い。

「通常、巨大な数を素因数分解するのには膨大な時間が掛かるのだが、しかし、コレに掛かれば解を得るのに一分も掛からないだろう。これが何を意味するものか…君には分かるか、美濃川?」
次へ
前の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ