コート上の天使

□頼りたい
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時間を戻したい、とか
過去に戻りたい、とか
多分こういうことなんだろうな


ちょっと前まではすごく楽しかった




東京に行ける

また音駒とか関東の強豪と試合できるって思うと私までワクワクしていた

きっとまた前に進める
また一つステップを踏めるって

期待しかなかった


まさか
お母さんがあんな事言うなんて思わなかったから


東京に転勤する
ぎょーざも一緒に行く?




たったそれだけ
それだけだけど
皮肉にも東京だし、


それって
烏野には居られない


それを思った瞬間に
どうしたらいいかわからなくなって


とりあえず合宿には行かない方がいいと思った
きっとこんなことばっか考えて色々手につかないだろうし
使い物にならなそうだし

しっかり考えるべきこと、なんだろうし…


でも結局のところどうなんだろう
ここに居てもみんなのこと気になる




スマホを見ればメッセージが来ていて



どういうことだよ



って

1日終わって落ち着いたんだろうな
一言それだけ

ばかだな飛雄

こういう時はほっといてもいいのに、
自分が気になれば相手のことなんて考えもしないで
こうやって正面切って来ちゃう
それがいい所、なんだけどさ
ばかなおかげで助けられてるとこもあるし






…ばかは私か



本当はわかってる

お母さんと一緒にいた方がいい

お母さんも女手一つでコツコツ私の為に働いてくれて
やっと自分のやりたいことができるようになるんだと思う

私だってお母さんと一緒にいたい






スマホが振動する





あーあ

なんでこういう時に限って家が静かなんだろう



なんで
こういう時に限って寂しいとか、思っちゃっているんだろう



なんで…
こういう時に限って、
この人は



(もしもしぎょーざちゃん?!)





なんで

私は電話に出てるんだろう、




『もう、及川さんうるさい』
(出てくれたの嬉しいけどひどくない?!)



何してたのー?

って

別に
ソファで膝抱えていじけてるだけ、

そう考えると何にもしてないや




(…ねえぎょーざちゃん)
『?はい、』
(デート。どこ行こうか)


デート、か
そうだな…


『水族館、行きたい』
(いいね!)
『くらげ、見たい』
(クラゲ?ペンギンとかじゃなくて?)
『くらげとクリオネ見たい』
(…ほんと、そーいうところいいよねぎょーざちゃん)



こういうの
現実逃避ってやつかな
どんどん出てくる



『くらげ見たらご飯食べたい』
(うん。そうだね)
『餃子がいいです』
(餃子?!)
『焼き餃子』
(…任せてよ、及川さん超美味いところ連れてってあげる)



デザートも食べたい
でもコンビニのアイスでいい

どこか広い見晴らしのいい所に行って
思い切り走りたい
走って寝っ転がって星が見たい



そこままどこかへ行ってしまいたい




なにこれ、
途中でわけわかんない

やりたいこと挙げていったら
デートじゃないじゃない




『…及川さん引いたでしょ』
(なんで?)
『全然デートっぽくない。』
(そう?)
『女の子っぽくない、』
(気にすることないんじゃない?)
『…、』
(俺はさ、ぎょーざちゃんとデートしたいの。他の誰でもなくて)




言葉に、詰まる

これくらいのこと
きっと沢山の女の子に言ってきたんだろうな



(ぎょーざちゃん)
『はい、?』
(何かあった?)


嗚呼
もう、やだ

顔も見てないのに
普通にしているのに

なんでこの人はわかっちゃうの?


途端、さっきまで忘れていた現実が押し寄せて
潰れそうになった



家に1人なんて今に始まったことじゃないじゃない
出張で帰ってこないなんて珍しくないじゃない


小さい頃から何度も何度も
1人の夜なんて慣れたはずなのに、




どうしてこんなにも静か過ぎて煩い



じわり、視界が歪み
ぼたり、目から溢れた


反射的に鼻をすすって
慌てて電話を遠ざける



深呼吸
泣くな
引っ込め引っ込め



…目頭が、熱い


何か言わなきゃ
及川さん困る
そう思うけど、なにも出てこなくて

私が鼻すすってる音しか聞こえなくて




もう だめだ



『おいかわさん、』




びっくりするほど情けない声
本当にだめみたいだ




寂しくて眠れない、とか
こんな夜はあなたに会いたくなる、とか

よくある歌詞を馬鹿馬鹿しいなって
思ってたけど、






『及川さんにあいたい、』





こんなに身に染みるほど感じるなんて














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