コート上の天使

□一歩近くへ
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風呂が終わって寝るまでの間
日向と西谷さんが枕投げを始めて部屋を出た。そろそろ主将に怒られると思う。

夜も変わらず蝉が忙しなく鳴いている
逆を言えばそれ以外の音は自分の足音だけ

自販機までの道を歩きながら
そういえばぎょーざは蝉嫌いだったな、と

眉間にシワが寄ったのが自分でもわかった。
暇あればぎょーざのことばかり
ばっかじゃねえの


廊下の先に照明に照らされた人影がぼんやり見える
この距離だと誰かはわからないけど女子だろう
背丈がぎょーざっぽい

とそこまで考えて舌打ちが出る
どうしようもないなコイツ、本当に

腹が減ってるときにはなんでも食べ物に見えるのと同じじゃねえか
あ、俺腹減ってんのか

近づけば青いジャージの短パン
それでもってかなり見慣れた青ジャージ
北一のジャージ

立ち止まったまま背を向けている
下を向いて動かない後ろ姿
幻覚か いや、

「ぎょーざだ…」
『へっ?』


振り向いた顔
目があったらやっぱりぎょーざで
どっと血が顔中に巡った感覚

騒々しい音とばちりと弾けるように何かが壁にぶつかった。ああ、蝉か。

『あ、う、動いたっ…!』
「…何してんだよ」
『だって、』

自販機行こうとしたら道塞がれた、と
びくびくしながら蝉の動きから目を離さないぎょーざ
蝉は何回か天井と壁にぶつかりながら窓の隙間から外に出て行った。

やっと出た、と小さい声で呟きながら
蝉が出て行った窓を見ている。
それがどうしてももどかしい。
俺の顔を見たのは最初に声をかけた時だけ。

俺の存在は蝉以下かよ
いや、蝉と張り合うなよ馬鹿馬鹿しい


自分でも何に嫉妬して、何に苛ついているのかわからなくなる
わからないどさくさに紛れてぎょーざの手を取って歩く。

『あの、飛雄?』
「自販機行くんだろ」
『う、うん…』
「…俺も行くから」

ありがとう、と後ろで呟いた声。きゅっと手を握り返されて、一度忘れていた顔の火照りがぶり返す。
視線だけ移せば目が合って、余計に熱くなった。



自販機までの道のりでカブトムシ以外には遭遇しなかった。それでもぎょーざはありがとう、飲み物奢るよと言ってきた。

「いい、別に。特別なことなんか、してない」
『…そっか、』


居心地の悪い沈黙が流れる。

谷地さんの言葉が思い出されて、もう少し上手いことを言いたいのに
素直に がわからない
何を言えばいい


『あの、飛雄…手』

握るというより掴みこんだままの俺よりずっと小さい手

素直に、言いたいこと
言いたいこと

素直に、思ったこと


「何話せばいいかわからなくなって、」
『うん?』
「けど、他のヤツはぎょーざと喋ってるからムカツク」
『ど、どうしたの』
「俺だけ、遠い」
『…飛雄?』

「話せなくて、寂しかった…」


言葉にするとすとん、と落ち着いた
頭の中が整理できたような
ぎょーざと話さないだけでこんな気持ちになっていたらしい

そうか、俺は寂しかった
いつも、そばにいたぎょーざが
いつも俺の機嫌を取ってくれたぎょーざと話さなかったから


白い指先を撫でて、今はこんなに近くにいることに満足感


『いや、あの…べつに、避けてたわけじゃ…』
「わかってる。むしろ避けてたのは俺」
『あ、うん…』


ぎょーざは珍しくはっきりとしない口振りで、ちらちらと俺の顔を見ては何かを考えている。
それでも握っている手には抵抗しないでそのまま。
ひさびさに面と向かって顔を見る。
やっぱりぎょーざのまわりは輝いて見える。


「今日も、かわいい」


ごく自然に出てきた言葉に
きゅっと結んでいた唇が開く
ぽかん、ってこう言うことなんだろうな


『…どーしたの、ほんと。なんか悪い物でも食べたの?』
「は、んなわけねーだろ」
『トス悩み過ぎて頭おかしくなったか…』
「なってねえよ」


むしろ頭はすっきりしている
今ならたしかにいいトス上がりそうだ


『まあ…ほら、飛雄はどうせヨーグルでしょ』
「どうせって、」
『はい、とりあえず飲んで』

がこん、と出てきたヨーグルを手渡される。
冷たい。
俺の手が熱いのか


ストロー挿して吸うといつもより甘く感じた。
いつものと同じなんだけど。

甘さに違和感がありながらも、さらに上回る違和感。
がこんがこんがこん

「…お前それひとりで飲むのか」
『まさか。仁花ちゃんと潔子さんのぶん』

ほかのマネージャーさんの恋バナに今捕まってるから、とけらけら笑っている。
女子って好きだよなそういうの。


『戻ろっか』

ペットボトル三本をしっかり抱えて、取り出し口の前から立ち上がった。


「…それ、持つ」
『え、いいよ。大丈夫』
「抱えてたら温くなんだろ」
『あぁ…そっか』

2本渡してきた。
3本渡せばいいのに。

そこがぎょーざらしいっちゃ
らしいけど

キャップの部分を掴めば2本なんて片手で収まった。


『トスは上げられそう?』
「…ぜってえ上げる」
『ま、そうだよね。あんまり心配してないもん』
「なんでだよ」
『飛雄なら絶対できるもん』


シンプルかつ明確
余計な言葉はない。

インハイ予選の時みたいだ。
あの時は
信じてるから、と言われて
絶対全国連れて行くって思った

気恥ずかしくなって足元を見た。

「あ、」
『え?あっ!』

認識したと同時にばちばちと音を立てて飛びまわりだしたアレ

背中が軽く引っ張られたような感覚
振り返れば肩越しに頭が見えた

『もう、ほんっと無理…、』

Tシャツをしっかり掴んでいるぎょーざ


あぁ、もう
ほんと無理


「大丈夫だから。行くぞ」


手ぶらの手でぎょーざの手を取って歩く
Tシャツは掴まれたまま







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