Kyrie

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雨が降りしきるデトロイトの街。
そこにコイン遊びしながら雨の中、誰かを捜して歩くアンドロイドの姿があった。

“ジミーズ・バー”

その扉の前に立ち、彼はコイン遊びを止めてネクタイを絞め直すとドアノブに手をかける。
ドアには“アンドロイドお断り”の張り紙があったが、彼は無視して中へと入店した。
アンドロイドの入店により、店の客達はざわつくが彼は気に留めた様子もなく目的の人物に声を掛ける。

「ハンク・アンダーソン警部補、私はコナー。サイバーライフのアンドロイドです。先程、署に伺ったのですが近所のバーにいる筈だと言われ5軒程捜し回りました」

話し掛けてるコナーをハンクは見ようともせず酒のグラスに視線を落としたままだ。

「──何の用だ?」

見向きもせず、そう問いかけてきたハンクにコナーは早口で説明する。

「貴方はあるの事件を担当になりました。アンドロイド絡みの。所定の手続きに従い、捜査補佐専門モデルの私が配属されました」

簡潔に述べるとコナーはハンクの返事を待つ。

「助っ人なんて必要ないね。プラスチック野郎の助けなんかもっての外だ。解ったら、さっさとお家に帰んな」

そう言うとハンクは酒を口許に運ぶ。

「規則により、行動を共にしなければならないんです」

そんなハンクの顔を除き混む様にコナーは話し掛けた。

「規則って、お前…ここは学校か?ははッ」

可笑しそうにハンクはコナーを小バカにする様にそう言う。
しかし、コナーも黙っている訳にもいかず、彼の問い掛けを否定する。

「いいえ、バーです」

そう言うと一瞬だけ揚げ足取りかと、ハンクは苛ついた様にコナーを睨む。
そんなハンクに対し、何の悪気もないキョトンとした表情の彼に怒りは直ぐに収まる。
先程のコナーの言葉は悪意や嫌味といった部類ではないらしい。

「…………………………そうだな…」

諦めた様にポツリと呟き、ハンクはまた酒を呑み始める。

「……警部補、貴方の職務態度を上層部に報告することも出来るんですよ?」

コナーはハンクを脅してみるが、無言で中指を立てられた。
そんなハンクにコナーは溜め息を漏らし、交渉に入った。

「こうしましょう。最後の一杯奢ります。…………すみません、同じのをもう一杯」

ハンクには有無を言わさず、コナーはマスターにそう言うと金をカウンターに置いた。
その様子にハンクは薄く笑う。

「…………科学の進歩ってやつは…」

ハンクはポツリと呟く。
コナーの行動や言動はこの短時間接しただけだが、正義感に燃える新米刑事のソレと同じでアンドロイドと言うにはあまりに人間臭い。

「ダブルで」

マスターに酒のボトルを傾けられ、ハンクはさりげなく濃くした。
それに少し驚いた表情を浮かべたもののそれはすぐに呆れ顔に変わり、沈黙をまもるコナーにハンクの機嫌は更に良くなった様だ。
そうして黙ってハンクが最後の一杯を飲み干すのを立ったまま待機するコナーに、彼はグラスの酒を飲み干し問い掛けた。

「…………で、事件って言ったか?」

やっとやる気を見せたハンクにコナーは安堵した様に微笑む。

「…………えぇ、そうです。概要は道すがらお話しします…」

そう言うコナーにハンクはニヤリと笑って席を立った。
現場に向かうのにハンクは車を使うと言い出し、半ば強制的に彼の車に捩じ込まれたコナーは何か言いたげな表情で彼を見詰める。
それはハンクの酒気帯び運転であったり、ハンクの車内に爆音で響き渡るヘビメタであったり…
スピード狂の荒い運転だったり。
コナーは内心言いたいことは山ほどあったが、それを全て飲み込んだ。
そうこうしてる内に現場へと到着する。

「ここで待ってろ、すぐ戻る」

そう言うとハンクはコナーを真っ直ぐに見詰める。

「─────はい、警部補…」

その綺麗な緑青色の瞳にコナーは思わず、彼の命令に従う様な答えを返していた。
それを満足げに“そうそう、ソレで良いんだよ”と笑い、ハンクは車を降りて現場へと向かう。
そんなハンクを見送っていたコナーは視界に写るエラーコードにはたと気付いて彼の車から出ると、ハンクの後に続いて立入禁止表示のタスクを越えた。

「アンドロイドは立入禁止です」

タスクを越えたことで警官に止められ、コナーは困った様な表情を浮かべていると現状を他の警官に聴いていたハンクが助け船を出す。

「良いんだよ。俺の連れだ」

短くそう言うとハンクはコナーに視線を向けた。

「“待ってろ”という言葉が理解できなかったのか?」

皮肉な笑みを溢し、更にハンクはコナーへと質問する。

「任務に相反するご命令だったからです」

飄々としたコナーの態度にハンクは溜め息を漏らした。

「口を開いたり、何かに触ったり、俺の邪魔はするなよ?」

念押しするハンクの言葉は苛立ちを押し殺した様な怒気を孕む。

「……はい」

一旦は了承するコナーだが、彼の視覚ユニットに映し出されたハンクの命令で重要視されたのは“彼の邪魔をしない”くらいだった。

「よぉ、ハンク。来ないんじゃないかと思ってたよ」

気軽な口調でそう言うと近付いてくる刑事。

「コイツに捕まりゃなきゃ、来なかっただろうよ」

そう言うとハンクはコナーを見る。
つられてその刑事も彼を見て、驚いた様な表情を浮かべた。

「へぇ、まさかアンタがアンドロイドとはね」

含みのある刑事の言い方にコナーは疑問を持ちつつもハンクの後に続いて現場へと足を踏み入れる。
先程の刑事はハンクに事件発覚のあらましや被害者の名前、彼の犯罪歴を説明していた。

-被害者の名前はカルディス・ウォーカス-
-犯罪歴有り。過重暴行-

それを重要な点だけインプットしつつ聞き流し、コナーは殺人が起こった部屋のスキャンを始める。

「これなら、わざわざ真夜中に呼び出さなくても朝まで待てただろう?」

遺体を確認してハンクがそう言うと刑事は苦笑する。

「まぁ、死んだのは一週間くらい前だろう。死体の近くに凶器らしきキッチンナイフがあった」

そんなハンクと刑事の会話が続いてる中、粗方目ぼしい情報の場所を確認したコナーは遺体に近くと分析を始めた。

-死後3週間-
-28箇所の刺し傷-

その遺体の寄り掛かった壁に書いてあった血文字を分析する。
活字の様な文字で“I AM ALIVE”と書かれたソレは人間では書けない様な綺麗な書体だった。
その字を書いた血を何気無く指で擦り、コナーはソレを舐める。

「おいおい。お前、何やってんだ!!?」

驚いた表情でハンクが何気無く行ったコナーの行動に声を掛けた。

「血を分析するんです。その場で分析が出来るんですよ?すみません、言っておくべきでした」

コナーは不快に思ったであろうハンクの心情を考慮する。

「そ、そうか。これ以上、証拠を口に入れんなよ?」

そう言うとハンクは未だ動揺したままだ。

「はい」

そう言うとコナーは血の分析に入る。

「──────ッたく、気味が悪いぜ」

ポルリと呟いたハンクの言葉は聞こえていたが、コナーは気にする様子もない。

-血液は被害者のもの-
-容疑者は殺害した後、被害者の血で文字を書いた-

そこまで分析して、次の情報の場所…
血文字の反対側にあった赤い粉の分析する。

-被害者はレッドアイズを常用していた-

レッドアイズの分析を終えて立ったコナーの目についたのは裏口のドア。
開けて地面を分析する。

-足跡はコリンズ巡査のもの-
-容疑者の逃走経路は此方ではない-

妙な表情を浮かべ、地面を見詰めているコナーにハンクが近付く。

「………表は鍵が掛かってた。裏口から逃げたんだろうよ…」

そう問いかけるとコナーは地面に視線を向けたままハンクの問い掛けに答えた。

「足跡はコリンズ巡査の28センチの足跡だけです」

事実を口にするコナーにハンクは長年の経験から言葉を返す。

「数週間もたちゃ、足跡も消えるだろ」

そんなハンクの言葉にコナーは困った様な表情を浮かべた。

「いえ、この土の種類なら残る筈です。暫くここには誰も来ていない」

そう言うとハンクを置き去りにコナーは室内へと戻る。
そして、搭載した物理演算ソフトウェアで事件現場の情況からシミュレーションしたコナーはキッチンに向かった。
キッチンには先が凹んだバットが床に転がっている。
そのバットの持ち手部分には被害者の皮膚組織と指紋しか検出されなかった。

-加害者は被害者にバットで襲われた-

バットの凹んだ部分を分析するとブルーブラッドの痕跡がみとめられた。

-加害者はアンドロイド-

ふとコナーが顔を上げると包丁が置かれた場所には一本分、キッチンナイフが抜き取られた痕がある。

-凶器に使われたキッチンナイフはここから持ち出された-

そこまで分析するとコナーは逃走経路を捜し始めた。
不意に廊下の奥のカーテンが気になり、そちらに向かう。
カーテンを開いた瞬間、物が倒れ出しコナーは驚き動揺した様な表情を浮かべてこめかみのLEDが赤く点滅した。
それを見たハンクは呆れつつも、彼の人間的な仕草に何処か安堵する。

「……………おい、現場を荒らすなよ…」

ハンクにそう告げられ、コナーは彼に視線を向ける。

「はい、すみません。警部補」

困った様な、動揺した表情でそう言うとコナーは浴室へと入っていった。
シャワー室のカーテンを開けると、そこには狂信的な迄に乱雑に書かれた“RA9”の文字と木彫りの人形。

-加害者は“RA9”に固執していた-

浴室の分析を終え、廊下へでてふと天上を見上げるとブルーブラッドの手形の痕跡が見付かった。

-加害者は屋根裏へ逃げた-

目ぼしい情報を集め、そこから事件の概要を掴んだコナーはハンクに声を掛けた。
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