Kyrie

□prologue1
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西暦2038年
アメリカ・デトロイト。
AI技術とロボット工学の発達により、人間そっくりのアンドロイドが製造されるようになり、人間は過酷な労働から解放されようとしていた。
それに伴い人類は更なる経済発展を手に入れる反面、失業率が増大と貧富の格差が拡大していった。
アンドロイドによって職を奪われた人々は次第に反アンドロイド感情を持つようになり、排斥運動にまで発展していった。

2038年8月
家庭用アンドロイドが所有者を殺害し、所有者の娘を人質に立てこもるという初めての事例…
いや、事件が発生した。
そのアンドロイドはまるで意思や感情を持つようで「変異体 (Deviant)」と名付けられた。
そんな最初の事件の交渉人に選ばれたのはサイバーライフが警察捜査をサポートするために製造した男性型の最新式試作アンドロイド・RK800。
高い分析能力と洞察力、コミュニケーション能力を持ち、事件の捜査の他に
変異体に覚醒したアンドロイドを追うようにプログラム調整され犯人との交渉も行う様に設定された機体は即座に現場へと派遣された。

家庭用アンドロイドが所有者を殺害し、所有者の娘を人質に立てこもる事件が発生したマンションのエレベーター内で一体のアンドロイドが手持ち無沙汰にコイン遊びしながら現場へ向かう。
エレベーター特有の規則的な機械音の間にコインを弾く音が小気味良く響いていた。

───────チン。

到着音と共にエレベーターのドアが開く。
アンドロイドは一呼吸置いて、ネクタイを絞め直すとゆっくりと歩き出した。
現場に入って不意に目についたのは、熱帯魚が苦しげに床で跳ねている様子だった。
それを優しく手で救い上げ、アクアリュウムの中へと戻してやると熱帯魚は元気良く泳ぎ出した。
彼はそれを眺め、微笑むと周囲をスキャンして情報を集めだす。
棚にあった写真立てを手にとって、被害者家族の情報を確認した時…
奥の方から女性の悲哀の声が近付いて来るのに気付く。
危険だからと警察隊員に連れられて来ているのは話し声で察知する事が出来る。
そのまま玄関廊下を奥へ進もうとした刹那、廊下の奥の部屋からこの部屋の住人である女性を連れた警察隊員が現れた。
女性は彼を見るなり、娘を無事に解放して欲しいと助けを求めて駆け寄って来るが、彼がアンドロイドと知るや否や人間の交渉人と変えてくれと警察隊員へ懇願し始める。
それを諌めつつ、警察隊員は女性をエレベーターに乗せて現場から退室していった。
その瞬間、視界にミッションが表示される。

-アラン隊長を探せ-

それに従い、彼は部屋の隊員一人一人の顔をスキャンして奥まで入っていった。
目的の人物と一致する顔を確認し、ゆっくりと彼に近づき声を掛ける。

「アラン隊長。私はコナー。サイバーライフのアンドロイドです」

自己紹介するもチラリとこちらに視線を向けただけで、また背中を向けるアランに友好的ではない為、手短に情報収集を聞き出す事が懸命と判断した。

「ヤツは制御不能だ。俺の部下も既に二人殺られた。だが、ヤツを撃てば娘も道連れだ」

そう言うアランの言葉の節々や表情、態度からは抑えきれない遺憾という感情が滲み出ている。

「彼の名前は?」

コナーの言葉にアランはそれどころじゃないと言いたげに答える。

「さぁ、どうでも良いだろう」

投げ槍な態度でコナーの質問を切り捨てたアランは一つ溜め息を漏らす。

「交渉するには、情報が必要ですから…」

困った様な表情を浮かべながら言ったコナーの言葉にアランは苛ついた様に彼へと近付き声を荒げた。

「いいか?お前は子供を救うことだけ考えろ!!お前が止められなければ、俺が始末をつける」

胸ぐらを掴まれなかっただけマシという程の勢いで捲し立てたアランの言葉にコナーは無言で対応する。
そんなコナーにアランは興味を失った様に踵を返し、コナーが失敗した時の策を練るため部下の元へと戻っていった。
情報が余りに乏しい為、コナーは部屋の痕跡を探り情報を得ようと歩き出す。

-被害者の銃で被害者を殺害した-
-容疑者は近い内に買い替えられる予定だった-
-娘には銃声が聞こえてなかった-
-容疑者の名前はダニエル-
-容疑者と娘は親友だった-
-娘は怪我をしている-

コナーは部屋の中をスキャンして次々に情報を収集していく。

-駆け付けた警官に撃たれ破損してい、反撃して警官を殺した-

その情報を得た時、警官の銃を見付けたがコナーはアンドロイドには必要ないと元の位置へと戻す。
不意にテレビでこの人質事件が報道されている事に気付き、音量を調節して事件の概要を聞いた。
報道規制されていて新しい情報は得られなかったものの、俯瞰で容疑者の位置と庭の配置を把握する事が出来る。
テレビを音量をミュートに戻して、キッチンを見ると吹き零れた鍋が目に入った。

-妻は夕食の準備をしていた-

そこまで調べるとコナーは庭側のカーテンを覗き、容疑者の場所を確認するとそのまま庭へと歩みだした。

──────パンッ!

出た瞬間、乾いた音と共にコナーの左腕に衝撃が走る。
幸い上腕部を掠めた程度であったが、アンドロイド特有の青い血が窓へと飛散してしまった。

「近付いたら飛び降りるぞ」

そう叫ぶダニエルにコナーは落ち着かせる様に言葉を選ぶ。

「やぁ、ダニエル。僕はコナー」

彼の名前を告げ、自分の名を名乗った。

「何故、俺の名前を!?」

動揺するダニエルに困った様に微笑み、コナーは更に交渉のために信頼関係を築こうとする。

「他にも色々知っているよ。君を助けに来たんだ」

警察のヘリが容疑者の上空を舞い、騒音と風圧がコナーを襲う。

「怒っているんだろう?ダニエル。だけど僕を信じて。君を助けたいんだ」

ゆっくりと優しく語りかける様に話すコナーにダニエルは未だ落ち着かない様子で娘に銃口を向けていた。

「助けなんているもんか。お前に解るわけない。俺はただ終わらせたかっただけだ」

そう叫ぶダニエルへ一歩、また一歩とじりじり前進して距離を近付けて行くコナーだったが、ふと視界に負傷した警官が倒れている事に気付きそちらに近付いた。

「何してる?!」

突然、しゃがみこんだコナーに敏感に反応するダニエルに彼は懇願する様に話す。

「……出血が酷い。止血しないと彼は死んでしまう」

その言葉にダニエルは激情した様に声を荒げた。

「人間はいつかは死ぬ。それが今でも問題ないだろう?」

本来、交渉事で容疑者に刺激を与えるのはあまり良くはない。
しかし、コナーの決断は早かった。

「そうはいかない。生きてるんだ。助けないと…」

そう言ってコナーは素早く警官の止血を行うとダニエルに視線を向ける。

「すまない。でも、君だって見捨てられるのは嫌だろう?」

ポツリと優しく語りかけるコナーにダニエルは初めて彼と視線を合わせた。

「………君だって、買い替えられると知ってショックを受けた。違うかい?」

コナーの言葉にダニエルが思い出したように憤慨し始めた。

「嘘を付いてたんだ!嘘を…愛されてると思っていた。だけど…この子も他の奴等と同じなんだ」

そう言うとダニエルは娘を片手で器用に持ち直し、彼女を宙に屋上の敷地外へ宙ぶらりんの状態にする。
彼の腕一本が命綱となった娘は恐怖の叫びを上げた。

「キャー。止めて、ダニエル!」

ダニエルの腕に捕まり、娘は泣きじゃくっている。

「違う、ダニエル。君が買い替えられる事をエマは知らなかったんだ。だから、彼女は嘘を付いていない!心から、君の事を親友だと思っていたさ」

落ち付かせる様にコナーはそう言うと真っ直ぐにダニエルを見詰めた。
懇願する様なコナーの視線に、ダニエルは思い直す様に娘をまた自分の胸元へと抱き締め直した。
だが、その直後ヘリがダニエルへ近付きすぎたせいかダニエルが叫びだす。

「あぁ、可笑しくなりそうだ。あのヘリを何処かにやってくれ!」

そんなダニエルの要求をコナーは無言のままヘリに合図を送り、一端退避させた。

「これで良いだろう?ダニエル。僕を信じて…本当に僕は君を傷付けたく無いんだ」

その言葉に嘘は無かった。

「家族の一員だと思ってたんだ。でも、俺は要らなくなったら棄てられる只の玩具…」

悲しげにそう言うダニエルにコナーは同情する様な表情で近付く。

「君は何も悪くない。君が感じているその感情はソフトウェアのエラーなんだよ」

そう告げるコナーにダニエルは切な気な表情を浮かべて泣き出した。

「そうだ。俺のせいじゃない。こんな筈じゃ…愛してたんだ」

それはダニエルの本心だろう。
ただ愛して欲しかった。
それだけだったのだ。

「ダニエル、これが最後のチャンスだ。逃せば君は廃棄される。人質を解放する以外道はないんだ」

ダニエルにとってコナーの提示する条件以外、選択の余地はなかった。
もし、それ以外を選択すれば本当に生きる道がないのだ。

「全員引き上げさせろ。それと車も用意するんだ。町から出たら、解放してやる」

ダニエルは保身のため、無茶な要求を述べる。
そんな彼にコナーは困った様に表情を曇らせた。

「駄目だ、ダニエル。それは出来ない。解放すれば、君を撃たないと約束するよ」

そう言ってコナーは真っ直ぐにダニエルへと視線を向ける。
その要求が聞き届けられる事はないのだと口外に告げた。

「死ぬのは嫌だ」

ポツリと呟くダニエルに、コナーは切な気に微笑む。

「大丈夫だ。死んだりしない。僕と話をするだけだ。心配は要らない。約束するよ」

コナーはそう断言し、真っ直ぐにダニエルを見詰める。
死に怯える彼を救いたい一心だった。

「解った、君を信じる」

そう言うとダニエルは娘を放して銃を捨てた。
そんなダニエルの無抵抗な姿と娘が解放された事にコナーが安堵した刹那。
摩天楼に1発の銃声が鳴り響く。
ライフル部隊が発泡したのだ。

「─────ッ!!!?」

それは一瞬の出来事でコナーはただ立ち尽くした。
ダニエルは弾丸を受け、膝をつく。
そして、怨めしそうにコナーを寝目付けた。
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