books


□# fever #
1ページ/2ページ


「うぅー…」
「…っ!お前なぁ…」

目の前には顔を赤くし、目を潤ませている部下、東雲椿。
鎖骨までもが赤く上気している。
まずい。
どうしてこうなったかというと。

それは業務終了間際に遡る。
しつこく東雲に言い寄る利用者がいたのでたまたま近くにいた俺は助け舟を出してやった。あくまでも偶然だ。決してあいつが心配で様子を伺っていたわけではない。

「あの利用者さん、根気強くて、ちょっと、いやほんとにほんのちょっっと。思い悩んでいたのでかなり助かりました、ありがとうごさいました…!あの、お礼をしたいので、今夜どうです?」
クイっと、手で示したので飲みにいこうということらしい。

「俺でいいのか、いくらお礼とはいえ男だが」

と、いつもの俺なら言うだろうが今日は違う。相手が相手だ。
こんなチャンスを逃せるわけがない。

ほとんど二つ返事で了承した。


そして業務後、図書館から歩いて10分ほどのバーにやって来た。
カウンターに並んで座り、酒とつまみを頼んだ。

「あの、今日は本当にありがとうございました。きっとあの利用者さん、もう私に話しかけられませんね笑」
「まあ、嫌がる女性に執拗に話しかけてたんだ、あれくらいの牽制はしておかないとな。ああいうこと、やっぱり多いのか。」

清潔感のある容姿とその対応の丁寧さから、東雲は利用者からの人気が高い。柴崎のようにうまくあしらうことができるタイプではないから心配だと、笠原が言っていたのを思い出す。

「そう、ですね…。かれこれ…えっと…あら、両手じゃたりませんね。」
1,2...と指折り数え、想像を超える言葉を返された

「そ、そんなにか!?」
「そんなにって言ったって、柴崎には敵いませんよ〜。それに、ちょっとしんどいですけど、自分のことを好いてくれる人がいるって、そう悪くもないですしね」
「お前、それ今までどうしてきたんだ」
「どうって…現在進行形ですけど」
「じゃああれか!?一人減っただけでまだ十数人言い寄ってくる利用者がいるのか!?…お前、つらいだろう。」
「…そうですけど、でも今日の利用者さんが一番根気強くて、さすがに気疲れしてきたなーと思ってた方だったので、大分楽になります。本当にありがとうございます」
「どれくらいだ」
「え?」
「あの利用者が言い寄るようになってからどれくらいだ」
「そうですね…まあ軽く一年くらいでしょうか」
「一年も!?」

少し顔を歪めて笑った後、残っていた酒を一気に煽る東雲

ふだんどれだけ気丈に振る舞っていても、心労は確実に積もっていたはずだ。

「…最初は、優しい利用者さんでした」
ぽつり、東雲が言う。
「お食事に誘われたり、連絡先を聞かれるようになって」
そこまで言うと新しく頼んだ酒を飲む。
「…頑張って断り続けていたら、諦めたのかなんなのかいつのまにか、監視されるようになっていたんです。男性利用者のレファレンスをしようものなら終わるとすっ飛んできて言うんです、"椿はぼくのものでしょ?"って。それはもう恐ろしかったですね。ここ最近は寮でも監視されているんじゃないかと思ってろくに眠りもできませんでした」

馬鹿みたいですよね、と自嘲の笑みを浮かべる東雲
伏し目がちの目に長い睫毛がよく見える。酒のせいか目は潤み頬が赤くて、不謹慎ながらもとても色っぽくて胸が高鳴った。

「これからは俺が助けてやるから、一人で頑張り過ぎるな。そうまで追い込まんでいい、頼ることも学べ」
頭をぽんぽん、と撫でる


と、異変に気付く
異常に熱い。東雲の頭が。
「堂上教官、素敵なことを言われるとクラクラするっていうのは本当なんですね…」
「アホウ!お前熱があるだろう!?」
少し声が大きすぎたのか、頭に響いたようで突伏し、顔だけはこちらを向かせ抗議の目をしている。

そして冒頭に戻る。

「うぅー…」
「っ!お前なぁ…」
こっちの気も考えてほしい。
いくら普段鬼教官だのと言われようとも、根は30前の健全な男子だ。
さすがに熱を出してる奴をどうこうとはしないが、心を落ち着かせるのはそう容易ではない。

…とりあえず
「帰るぞ、立てるか。」
と問いかけてみるも、相当つらかったらしく、返ってくるのはなんとも弱々しい"大丈夫です"だった。

立つのは無理だと判断した俺は、先に会計を済ませた。
椿に"ちょっと我慢しろ"というと椿を立たせて腰を抱き、なんとか歩かせる。
店を出るとそのまま膝の裏に手をすべりこませ、抱き上げる。いわゆるお姫様抱っこだ。

と、そこではじめて反応した椿
そんな体力はないはずなのにじたばたして、「おおおおろしてください!」とこれまた弱々しく言われる
「無理な頼みだな、お前歩けないだろう」
「う、、、せ、せめておんぶにしていただけませんか…視線が…痛い気がします…」
「…わかった」
ふらふらな椿が倒れないように、降ろすとすぐに椿の前にしゃがむ。
「すみません、失礼します」
と、ほとんどもたれるようにその身を背中に預けられる。
「何も気にせんでいい、黙っておぶられておけ」


あまり衝撃を与えないように慎重に歩く。


5分ほど歩き、遠くに図書館が見えた頃。黙っていた椿が口を開く。
「帰りたく、ないです」
「おまっ…自分がどういう状態かわかってんのか?病人はさっさと帰って休養だ。」
まったく、おぶられながらそういうこと言うなよ。こっちは色々と大変なんだ、色々と!
「わかってますけど、でも…私、堂上教官と一緒にいたいです。好きなんです、教官のことが。」

「お前、頭までおかしくなったか」
本当は心臓の音が聞こえてしまわないか不安なほどで、死ぬほど嬉しいが。
こんなことしか言えないのは自信がないからだ。

「そんなことありません、なんなら分類法言えますよ。まあ言いませんけど。」
まだ弱々しいものの、これだけ喋れるようになったことで少し安心した。
「ちょっと、聞いてますか教官。ひどいです、告白したんですけどね、私。返事もできないほど私のことどうでもいいですか…?」
「お前、ちょっと黙っとけ」
そう言うと、勘違いさせてしまったのか、俺の肩は涙で濡れた。

寮への門を入る
共用ロビーをちらりと見、先に連絡しておいた柴崎がまだいないことを確認すると、通り過ぎて人気のないところへ行く。

そっと椿を降ろす。
倒れてしまわないように支えながら、顔を見てくれない椿に言う。
「好きだ。俺と付き合ってくれ。」

刹那、椿が顔をあげ、目を丸くしてこちらを見つめる。

「こういうのは、男からだろう」

そういうと、またぼろぼろと涙を流す椿。
その頭をそのまま俺の肩にあてる。
「これからは悲しい時も嬉しい時もここで泣け。」
俺の肩は今度は嬉し涙で濡れた。
「返事は」
「よろ、し、く、おねがいしま、す」

「幸せにする」
口付けると、椿はもともと赤い顔をさらに赤くさせた。

「戻るぞ」



共用ロビーにはすでに柴崎がいた。

「あら?門ってそちら側でしたっけ?」
とニヤニヤしながらからかってくる。
どんだけ鋭いんだこいつは。
少し慄いていると

「椿のこと、今度泣かせたらその時は堂上教官でも容赦しませんから♪」
と、椿をかっさらって部屋へ戻っていった。

まったく、これから先が思いやられることだ。
やれやれと思いながら、堂上も自室へと向かうのだった。




ちなみに、次の日には椿は復活し、そのかわりに堂上は鼻水とくしゃみに悩まされたんだそうな。



おわり
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ