流氷上の天体観測

□cama!
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 目覚ましよりも早く目を覚ましたレオナルドは肩にかかる冷気にふるりと身体を震わせて、羽毛布団の中に潜り込みながら隣で眠る恋人に身を寄せた。
 今朝は一気に気温が下がると天気予報で知っていたけれど、肌で感じると予報の数字よりも低いのではないだろうかと思う。

「ん……おはよう」

 まだ眠ていたと思っていたスティーブンがうっすらと目を開き、寝返りを打ちながらレオナルドを抱き寄せる。頬に当たる無精髭がちくちくと痛いが、これを心地いいといったらきっと笑われるだろう。

「起こしちゃいました? おはようございます」
「早いね」
「寒くて」
「あぁ、今朝は寒くなると言っていたな。レオがいれば温かいよ」

 互いのパジャマ越しに触れる身体の温もりに、スティーブンは再び双眸を閉じた。このまま二度寝を決め込むつもりなのかもしれないが、筋肉質な男の身体に覆われたレオナルドとしては、少々遠慮願いたい。
 一度目が覚めてしまった身としてはどうせ寝るなら柔らかいものに包まれて眠りたいし、スティーブンは正直重いので微睡むだけの二度寝には適していないのだ。

「スティーブンさん、重い」
「軽くなるのは無理かなぁ」
「ついでに硬い」
「ついでは酷い」

 まだ眠っていなかったスティーブンが渋々と瞳を開く。酷いと言いながらもレオナルドを腕から解放し、仰向けに寝転がった。
 文句を言いながらも気遣ってくれる恋人に、レオナルドはもう一度身体を寄せる。腕枕も硬くてじっとしているのには向いていないけれど、少しでも心臓に近づけるから嫌いじゃない。

「けど、筋肉があるからなのか、あったかい」
「君の方が柔らかくて温かいよ」
「それ、脂肪のせいだって言いたいんすか」
「筋肉じゃないよな」

 しれっと酷いことを言う恋人だが、事実なので反論ができない。
 スティーブンはレオナルドの腕も足も腹も、男にしては柔らかくて触り心地がいいとしょっちゅう触ってくる。出来れば筋肉をつけたいのに、体質なのかなかなかつかないので半ば諦めてはいたが、口に出されるとどうしたって悔しかった。

「拗ねるな。レオはそのままでいてくれよ」
「えー、僕もクラウスさんくらいムキムキになりたいのに」
「……却下……」

 頭部はレオナルドで身体がクラウスという姿を想像してしまったらしいスティーブンの嘆きの声に、レオナルドはしてやったりとくすくすと笑う。

「スティーブンさんもずっとそのまんまでお願いします」
「筋肉をキープするって結構大変なんだぞ?」
「それでも。筋肉隆々のジジイになってくださいよ」
「白髪で顔は皺だらけなのに、身体は筋肉質のジジイを見たい?」
「シワシワでヨボヨボのジジイに、あれが僕のダーリンだって自慢させてくださいよ」

 思いついた言葉を口にしただけなのに、スティーブンが息を呑むのが身体の揺れ方で分かった。慌てて背けた顔がどんな表情をしているか分からなかったが、やけに耳が赤いのは気のせいじゃないだろう。
 予想しなかったスティーブンの態度にきょとんと目を丸くしていると、恨みがましそうな目がゆっくりとこちらを見てくる。

「……なんてことを前触れもなく言うんだ」
「え、なんか変なこと言いました?」

 真っ赤で今にも泣きそうな顔をしては、折角の伊達男のカッコよさも半減してしまう。けれどレオナルドの大好きなスティーブンだ。

「筋肉隆々のジジイになっても、一緒にいてくれるんだな!?」

 今度はレオナルドが目を丸くする番。
 瞼を見開いたせいで青い光に照らされたスティーブンの真剣な表情に、ようやく自分が言った言葉の意味を理解した。

「……は、はい!」

 急激に熱くなっていく身体は、もう寒くない。
 抱きしめられ、互いの熱が混ざっていく心地良さにレオナルドは頬を緩めた。

「あんなプロポーズをするなんて、本当に君は予想外のことばかりしてくれる」
「えへ……そういうつもりはなかったんすけどね」

 けれどいつかそうなれたら、という気持ちはずっとお互いにあったのだろう。

「もうなかったことにはできないよ。そのかわり、起きたら今度は僕からさせてくれ。でないとみんなに聞かれた時に、恥ずかしくて答えることも出来ないからね」
「了解。ヨボヨボのジジイに自慢される筋肉隆々のジジイになってくださいね、ハニー」
「仕方ない。君が自慢できるように頑張るよ、ダーリン」

 くすくすと笑いながら、どちらからともなく唇を重ねる。寝起きのキスは口の中が不味いし不精髭がチクチクしてあまり気持ち良くない。
 けれど、もう寒くはなかった。


end

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