短編

□かくれんぼ「一松」
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「もーいーかーい」

そう言いながら、鬼のおそ松はにやりと笑みを浮かべて廊下を徘徊。どくどくと鳴る心臓を感じながら、私はリビングのカーテンで身を縮めた。

かくれんぼなんて久々だ。思い出せば数十分前、唐突にかくれんぼをしようと騒ぎ出した十四松に、たまたま松野家へ遊びに来ていた私もメンバーに加わることに。
おかしい。あんなにかくれんぼを幼児の遊びだと馬鹿にしていた私が、こんなにも鬼が迫るスリルに溺れている。

気がつけば、おそ松の細められた目が近づく。運良くカーテンを疑わずキッチンへまわったが‥‥ここにいては見つかるのも時間の問題かもしれない。

おそ松がリビングを出た瞬間、すぐさま私はカーテンをすり抜け、隣の和室へ入った。

あ、いい感じの襖。この奥で隠れとけばなんとかしのげるでしょ。

そろりと暗闇に染まった襖の先へ、身体を滑り込ませる。埃っぽさが目立ったが、この人気のなさと静寂感は悪くない。
絶対十分は稼げる!


「先客いるんだけど」


うっ、と小声が漏れた。

背中に悪寒が走る。いや、だってさっきまで全く人の気配なんて‥‥。
焦燥に駆られている私に、黄色の光が直進した。電灯を向ける一松は、どこか不機嫌そうに口をつぐんできゅっと小さく体育座りをしていた。
私は眩しげに目を細める。

「いたなら言ってよ‥‥」
「みいが勝手に入ってきた」
「だって、誰もいない感じだったし」
「ふーん、俺の存在感の無さが悪いってこと?」
「いや、別にそういうわけじゃ‥‥」

突如、会話の糸が足音に掻き消される。襖の隙間から見えるおそ松の横顔に、私は必至に一松へ電灯の消灯を無言によって訴える。

だが、一松は焦らすように電灯を消さない。むしろ、からかうように光を私の目玉へ近づける。

「‥‥ちょっ」

仕方なしに、電灯へ手を伸ばした。だが、ひょいとそれを遠ざける一松。にやりと笑い、目で弧を描く。
私の怒りのメーターが上昇した。

「この‥‥意地汚い奴めっ」
「‥‥そんなに大きい声出したら、バレるよ?」

私は前のめりになって、お構いなく電灯を追いかける。そんな野生動物のような感覚でしか意気込んでいなかった私は、唐突に、耳元で感じた吐息に身を固めた。

気がつけば、私は一松の両脚の間で挟まる形になっていた。ぴたりと止まった私の様子をどう思ったのか、一松は音を立てずに電灯の光を消した。さっきまで聞こえていたはずのおそ松の足音が、あるのかあらないかも判断できない。
私は明らかに、間近に存在する一松へ動揺と高揚感を抱いていた。

やば、近すぎる‥‥。


「何で黙ってるの」

耳元で、一松が囁いた。赤面する私の顔は暗闇で隠れたものの、するりと彼の指先は私のうなじに寄る。
蒸し暑く狭い空間の中で、私は逃げようとすればするほど引き寄せられる身体に動揺する。

「は、離してよ」
「そっちから来たんじゃん」
「‥‥意味が違う」
「屑には触られたくないって?」
「そ、そういうことを言ってるんじゃ」


つい大きくなりかけた声が、暖かい掌で塞がれた。一松の手の温度がじわりと伝うことを止めない。私はあっけにとられたまま、さらに激しくなる鼓動に身体を硬直させた。
大人しく、一松の胸の中に引き寄せられる。

首筋に触れた唇。

あやしく微笑む一松を想定しながら、私は一人彼の腕に顔を埋めた。

だめだ。
一生このままでいたいと思った、自分がいる‥‥‥‥‥。





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