猫と奴良組
□出会い
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吾輩は猫である。名前はまだない。
あれほどお母さんが「人間という二本の足で器用に立って歩く大きな生き物には気を付けなさい」と言っていたのに、近づいてきた人間に掴まれてしまった。
……気が付いたらここにいて、ここが何処なのかお母さんは何処なのか何一つ分からない。母さんは人間は危険だと言っていたがそれはこの事だったのだろうか?
唯一分かるのはここが外で、私と兄弟が入れられているのが木の箱なのだと言うこと。
一番身体が小さかった私は身を寄せ合って団子になった兄弟の一番下にいて、兄弟の温もりに守られていたけれども次第に私の上でもぞもぞと動いていた兄弟は一匹、二匹…と動かなくなって冷たくかたくなっていってしまった。
とうとう我慢しきれなくなって寒いよ、寒いよ、と言いながら誰か近くに居ないものかと兄弟の体の隙間から顔を出してみる。
少し箱の外が見えた。
綺麗な赤い空だったのだけれどもじっと眺めていたらいつの前にか暗くなった。
当たりが暗くなるのに従って私の心も寂しさと寒さで暗く沈んでいくのを感じた。
「お前…独りか」
不意に頭上からこえがして、私はその声のした方をみた。
私の目とその人間の目が合う。
何を言っているのか分からなかったがとりあえず返事をしてみた。
『にぁー…』
「はは、わしもじゃ」
私が返事をしたのが可笑しかったのだろうか、その人間は笑みを零した。
木箱の前にしゃがんだ男は冷たくなった兄弟の身体を私の上からのけて、ひょいと私を乗せた。私たちで言う肉球に当たるところだ。母さんは「手」と言っていた。
手は兄弟達の肉球とはまた違った形で、私の身体がすっぽり収まってしまうくらいかなり大きかったが丁寧に私の身体をあつかったので私は安心してそこに身を寄せた。
「…のう、わしと一緒に旅する気はないか?」
「口」というものが動いているから何かを言っているのだろう。けれども、兄弟や私の使う言葉とはかなり違うようで何を言っているのかはさっぱりだ。
それが残念ではあるが今はとにかく男の体から伝わるぬくもりが心地いい。
思わず喉が鳴った。
「…!
……お前さんって人の言葉が分かったり…なんて……」
驚いたような顔だが喜んでいるといった顔をした。
私が喉を鳴らしたからだろうか?
「…そうじゃ!自己紹介がまだじゃったのう
わしはぬらりひょん、これからよろしくな」
人間はしばらく身体を擦り寄せる私を見ていたがふと思いついたようににこやかな笑顔でそう言ってみせた。
……今はまだ、この男が言っている言葉を何も理解していない私だが、いつか理解できる日が来ればいいなと思った。
だって、こんなにコロコロと表情を変える人間なんだもの、きっと言っていることも面白いはず…
──兄弟の亡骸はあの後丁寧に埋葬してくれた。
そうして私は一緒に旅をすることになったのだ。