『さよならをキミに』
□仕事、始めました
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「え、と、、、あの、、、」
何か話さなきゃいけないのに、何を話して良いのかわからず、言葉を詰まらせてしまった。
「緊張するのは無理ないと思うけど、安心して。こちらの斎藤さんは、イケメンなのに院内イチ、優しい職員さんなんだから!」
改めて斎藤の紹介を続ける鈴鹿が、清香にとびきりの笑顔を見せている。
「は、はい。あの、よ、よろしくお願いいたします」
ようやく挨拶の言葉が出せた清香は、そのまま深々と一礼する。
「、、、ああ、よろしく」
少し声が掠れるほどの小さな返事が、鈴鹿と清香の耳に響く。
顔を上げた清香だったが、斎藤の方にうまく視線を向けることができないまま、鈴鹿と共にその場を立ち去った。
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「ふう、、、」
先ほどの、身が凍るほど緊張した対面を凌いだ清香はいま、院内にある職員用の食堂にいた。
石田清香、22歳。地元の女子大を卒業したての女の子。
本人は在学中、中学教師を目指していたのだが、残念ながら現役合格には至らなかった。教師への夢を諦めきれずにいた一方で、生活に不安もあった清香はたまたま世話になっていた教授の紹介で病院事務に就職することになった。
事務とはいえ、所属先は院内の企画課で、ホームページ管理やイベント活動などが主だが、医事課でまかなえない雑用なども請け負っているらしい。
その企画室にいたのが鈴鹿千明で、清香は彼女の補佐をする。
院内中のスタッフと交流する部署のため、鈴鹿は今日が初日の清香を連れて挨拶回りをしているところだった。
「うちは小さな病院だからね。とりあえず、これで一通り挨拶回りはできたけど、、、清香ちゃん大丈夫?」
終始ごきげんだった鈴鹿は、清香の軽いため息を聞いて、少し心配そうに覗き込んだ。
「は、はい、、、すみません、ちょっと、お腹が空いちゃったみたいで、、、」
あはは、と力なく照れくさそうにはにかむ清香に、鈴鹿も笑顔で応えた。
「ええ、そうね。院内中を歩き回ったんだもの。しっかり食べて、午後も頑張らなくちゃね」
そう言いながら、少し遅めの昼食をとり始めた。