『さよならをキミに』
□憧れの人
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その夜、清香は自分の寝付きの悪さに、よほど昼間は緊張していたのかと改めて感じる。
うとうとし始めたのは明け方で、そのとき清香は幼い頃の夢を見ていた。
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父は教師だった。
たまの休みももちろん仕事最優先の父。だが、清香はそういう父が大好きだった。
珍しく一緒に食卓にいるときには、少しも嫌がらずに当時6、7歳ほどの清香の「何で、何で」口撃に全て的確に答えてくれた。
ふとトイレに入ると、父が読んでいるのであろう文庫本が片隅に積み上げられていて、清香もこっそり手に取ってみたりした。
清香は自然とそんな父の影響も受けていたのだろう。
小学校生活では、ほとんど図書室に入り浸る日々を過ごした。
図書室はいつも居心地が良くて、父の存在を感じられる場所だった。
絵を描くことも嫌いではなかった清香は、図書室に並んでいた外国の画集を見るのが好きだった。
ある日、いつものように好きな作家の画集を手にしているとき、可愛らしい少女に声をかけられた。清香には見覚えのない少女だった。だが、彼女は清香のことを知っているという。
「こんにちは。あなた、清香ちゃんでしょう?私、千鶴。よろしくね」
にこっと笑顔まで向けられて、清香は一瞬戸惑った表情を浮かべたが、こんな風に話しかけられたのは初めてで、この時の嬉しさは忘れることができない。
「、、、よ、よろしく」
その後、千鶴の話を聞いていると、どうやらある道場で清香を見たという。
「それって、勇兄ちゃんの、、、?」
「うん!そうだよ。私、薫と一緒に勇先生のところに通ってるの」
「かおる?」
「薫って、私の双子のお兄ちゃんなの」
「へええ、お兄ちゃんがいるんだ、いいなぁ」
清香は一人っ子だったから、兄弟がいる人って無条件に羨ましいと思った。