『さよならをキミに』
□密かごと 前編
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昨夜どうやって帰宅したのか分からないが、翌朝清香が目覚めた時には、いつものベッドの上だった。彼女の部屋はワンルームで、引っ越したばかりの新しい部屋にはまだ幾つかダンボール箱も並んでいた。
「、、、、、」
時計も外の様子も取り立てて確認せず、そのまま洗面所へと向かい顔を洗う。
「、、、、、、」
まだ少し寝ぼけたまま、部屋に戻ってテレビをつける。それからキッチンの冷蔵庫からレモン味の炭酸水を取り出した。
シュワ、、、
そばに洗ってあったガラスのコップにゆっくりと注いでいく。
「ふぁぁ、、、、」
未だ抑えきれない眠気が欠伸になって押し寄せる。
片方の手を口に当てながら、注いだコップを持って再びベッドに腰掛ける。ちびちびと飲みながら、テレビを眺めているが、番組の内容まではなかなか頭に入ってこない。
「、、、、、くう〜」
三口目に飲んだ量が思った以上に多かったようで、ぐいっと飲み込んだものの、少しだけ無理があったらしい。
「ふう、、、」
一息ついた清香は、やっと枕元に置いてあった携帯を手にした。
「、、、うん?」
画面を起動した途端、パッと目が覚めたように顔つきが変わる。
未読のメッセージ。
誰からだろうとボタンを押し進めていくと、画面に「土方歳三」と名前が出てきた。
「土方さん、だ、、、っ」
888 密かごと 888
土方歳三。
彼と清香が出会ったのは、清香がまだ大学生の頃だった。
教師を目指していた清香は、カリキュラム通りに単位を取得しながら、三回生の時に自分の卒業した中学校へ実習に行くことになっていた。
しかし、実習先とのアポ取りは、学生本人が行わなければならず、押しの弱い清香には少しだけ不安があった。
大好きだった近藤は数年前に、他の学校へ移ってしまい、不在だった。
自分の全く知らない現職員に、実習を願い出るのはいささか勇気の要ることだった。しかも、そもそも現役教師にとって、実習生を受け入れることは、自身の教育スケジュールを乱されることに他ならず、始めから快く受けてくれることはまず難しい。
清香の住む地域では、一度はほぼ断られるのが常だから、気合い入れてお願いして来いと、大学の教授からも言われていた。
実習依頼は、まず電話から始まる。
清香もまた他の学生同様、自分が卒業した中学校へ電話をかけた。
「はい、成櫻中学です」
事務員らしき女性の声が、意識を集中していた受話器から聞こえてくる。用件を伝えると、担当に変わると言ってしばらく保留音に切り替わった。
「、、、はい」
少しの間があった後、男性の声がした。
「あ、あの、お忙しいところ申し訳ありません。私、、、」
「実習の件だろ?うちはやってないから、他を当たってくれ」
「、、え、あの、、、」
ガチャ
ツー、ツー、ツー
突然の出来事に、何が起こったのか分からなかった清香は、ふと、ああ、これが一度は断られる、ってことなんだな。と思って、再び電話をかけた。
同じく先ほどの事務の女性が電話に出たが、保留音の後に聞こえてきた声は先ほどの男性教諭ではなく、事務の女性だった。
「ごめんなさいね、担当の先生がもうどこかに行っちゃって、席を外してるから、、、」
「そ、そうですか、、、」
その日は、そのまま清香も諦めて、また改めて電話してみようと思った。
その後、何度か電話をかけたが、なかなかあの男性教諭の都合が付かず、結局時間だけが過ぎてしまい、実習先を確保できてない学生は清香だけになってしまっていた。
「ど、どうしよう、、、」
電話にすら出てくれないなんて、困ったな、、、
今朝の講義では、教授にも個別に呼ばれて注意されてしまった。
「こうなったら、とりあえず出向いてみようかな、、、」