フィルム越しから愛を

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「あ、やっと帰ってきた!」

放送で呼び出され、大湖先生にお説教と愛の鉄槌をくらうこと小一時間。既に競技は始まっていた。
リレーや二人三脚が終わった頃だろうか。現在2年のトップは天火君のクラス。流石としか言いようがない。
……写真撮りたかったな。

「陽、早く来い。」
「……比良裏、次の競技って何だっけ。」
「借り物競争。」

私の出る競技だ。
クラスからは早く行けとの鋭い視線。牡丹という癒しを捜したが、今は放送案内をしているらしい。

「この鬼!心身共にボロボロの私をまだ働かせようというのか!」
「「早く行け。」」

泣いてもいいですか?

《次は借り物競争です。》

学校中に牡丹の声が響く。
競技の説明をしている間に選手はスタート地点へ移動。

ルールは至って簡単。
コースには障害物が多数あり、中間には二つ折りの紙が置かれている。障害物を乗り越え、紙に書かれてある内容と同じものをゴールへ持って行く。その紙の内容と持って行ったものが一致していて、先生がOKを出せばクリアだ。
ちなみに、ゴールで待ち構えている教師は鷹峯先生である。

「位置について、ヨーイ」

パンッ

さぁ、始まりました。長距離走よりも騎馬戦よりも過酷と言われるこの競技。
選手は私の他に先輩方と後輩、同じ学年には金城 白子と佐々木 妃子など。順調に障害物を越えていく彼等との距離は縮まらない。
よし!一位は無理だ。私は帰宅部なのだから!

「白子兄ちゃん、妃子さん、陽さん、がんばれー!」
「がんばれー!」

観客席から聞こえてきた声に白子君と妃子と私は走りながら声の発生源へバッと振り向く。
そこには天使のような笑顔の空丸君と宙太郎君。
二人を頑張って抱きかかえている小雪さんも私達に女神の微笑みを浮かべていた。
……あ、スイッチ入る。

「これは、勝たないとな。」
「二人には負けないわよ。」
「……負けられない戦いが今ここに。」
「「え?」」

スイッチが入ってからは速かった。
運動部の生徒を次々に抜かし、トップに躍り出る。障害物も今の私には無意味!私、最強!
ついでに周囲からのブーイングや視線が痛い!

「これだぁ!」

中間まで来た私はバラバラに置かれてある一枚の紙を取る。
この紙は残りの学生生活を大きく変えるかもしれない魔法の紙だ。

「……わぁ。」

変態

白い紙には確かにそう書かれている。これ、私の身一つで大丈夫なんじゃないか?

《紙に書かれている内容が自分自身だった場合、他の誰かを探してください。》

「私以外の変態を探せと!?
それ以前に何処から見てるの!?怖いよ!牡丹。」
「……スキナヒト。」
「パンツ。」
「嫌いな先輩……。」

重い空気に満ちたグラウンド。

何故、この競技が他の競技よりも辛いかお分かり頂けただろうか。
この借り物競争。借りるものは精神的に死にそうになるものばかりである。
体力的にではなく、精神的に辛い。

《ここで早くもリタイアする生徒が続出です。》

「誰かのヅラだなんて……無理に決まってるでしょ。」

リタイアする生徒の中には妃子の姿も。どうやら借り物は誰かのヅラだったようで、私はチラリと保険医の佐々木先生を見る。今日の先生は日焼け対策のつもりか、ヅラを身に付けていた。
成る程、真面目な妃子には無理な借り物だ。まさか公衆の面前で先生のヅラをもぎ取るわけにもいくまい。
白子君も珍しく苦戦しているようだ。これはチャンス。

「誰か、変態はいませんか!?」

カシャッ

「お前以外にいるのか?」
「うるせぇ!牡丹の放送聞いてたか!?」
「俺が牡丹の声を聞き逃すわけないだろ!」

パシャッ

「……さっきからシャッター音が聞こえる。」
「お前みたいな奴がいるのかもな。」
「ははっ。冗談きつい……。」

観客席の方へ視線を向ける。
ふと視界に入ったのはカメラを此方へ向けながら鼻血を流す男。
真っ黒な髪に青色の瞳。私と同じ色を持った男には嫌という程、見覚えがあった。

「その表情、堪らん!」
「……ヨカッタナ、陽。」
「片言にならないでよ、比良裏。
そして丁度良かった。そこの変態、ちょっと来て。」

顔を赤く染めながら私の元へ走ってきた男。
これで変態は確保できた。

「陽が俺を呼んでくれるなんて。」
「顔を赤く染めないで、気持ち悪い。って、白子君!?」

私達の横を猛スピードで駆け抜けた白子君。彼の片手にはゲテモノ料理。

「一位は無理か。」

ぼそりと呟いた独り言に男の雰囲気が豹変する。嫌な予感がした。

「そこの男子、カメラ頼む。」

比良裏にカメラを預け、私を抱き上げた男。
男はニッと笑い、白子君よりも速い速度で走り出す。

「ちょっ、離せ!変態!」
「一位取りたいんだろ?黙って抱かれてろ。」
「だからって、お姫様抱っこは止めて!」

男のスピードは更に上がる。
鷹峯先生の元に先に辿り着いたのは私達だった。
げっそりとしている私とキラキラと笑っている男を見て、明らかに鷹峯先生は引いている。

「くっそぅ、可愛いなぁ。陽。」

頬ずり止めてください。

「……合格。」

《ぅわ……あ、一位は##NAME2##さんです。》

あ、一位になれたんだ。
遠くで空丸君と宙太郎君の声が聞こえた。喜びたい、けどそれどころじゃない。

「天原、大丈夫か?」
「助けてください、鷹峯先生。」

精神的に死亡寸前です。
ちなみに、白子君の借り物は絶品料理。もちろん、鷹峯先生からOKは出なかった。

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