フィルム越しから愛を

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「卵、ウインナー、玉ねぎ…今夜はオムライスとみた。」

夕暮れの帰り道。変態兄貴からメールで夕飯の材料を買ってきて欲しいと頼まれたので、スーパーに寄ってから帰路についた。
商店街を抜けて少し歩けば家だ。
本屋、文房具屋。見たいものもあるが、一度店に入ったら長い時間 居座りそうなのでスルーする。

「やめてください!」
「大人しくしろ!このアマ!」
「おかーさん!このっ、離せよ!」

路地裏から聞こえてきた声にハッとした。この商店街の路地裏、巷でかなり有名な不審者の溜まり場だ。薄暗く 奥まっている為、大通りには叫んでも、あまり声が届かない。

なのに、なんで聞こえたかって?
このプリティーな声をどうして聞き逃す事が出来ようか!

「待て!」
「貴女……天火の友達の。」
「陽さん!」

そうです!あなた方の味方です!

体育祭以来の再会。天火君のお母様と空丸君。そして空丸君の首根っこを掴み、小雪さんを足蹴にしている男。
許せん。小雪さんと空丸君……いや、女神と天使に何て事を!

「チッ。……なんだ、ガキか。
嬢ちゃん、向こう行ってな。俺はこいつらに謝り方を教えなきゃなんねえんだよ。」
「……ジャケットについたシミ。大方、その子とぶつかってジュースでもかけられましたか。」
「そうだよ!分かったら、さっさと向こうに行ってろ。」
「行きません!この二人は貴方に謝ったでしょう。」
「謝り方がなってねえんだよ!クリーニング代の10万くらい貰わねえと気が済まねえ!」

クリーニング代…10万?
頭、大丈夫か?この男。

「貴方……身の程をわきまえてください!その顔、鏡で見た事あります!?どうせ、合コンに行っても面白い話も特技も無い。おまけに性格も悪いからメアドもゲット出来ず、涙流しながら家に帰ってるんでしょ!女の子と話せんのはせいぜい店の店員くらいでしょ!
例えば……お弁当、温めますか?
くらいで、女の子と話せた〜とか舞い上がっちゃう系の人でしょ!
そんな貴方が女神に頭を下げてもらえた。可愛らしいショタに謝ってもらえた。一生体験出来ないかもしれない事が貴方の身に起こったんだ。

今!ここで!奇跡が起こった!

ちょっとは喜びなさいな!このすっとこどっこい!しかもクリーニング代10万って何です!どこのお貴族様!?そんなクリーニング代聞いた事ないわ!」

言い切った!言ってやったぜ!
目の前の男はと言うと、めっちゃ震えていた。何?感動してる?私の渾身の説得に泣いちゃった?

「ふっざけんな!俺の合コン事情、勝手に想像するんじゃねえ!」
「……あっ。ゴメンネ、図星?」
「てめえ……ぶっ殺す。」
「うわっ!?」
「空丸!」

空丸君が、宙を舞った。小雪さんは、空丸君を受け止めようとスカートが破ける事も厭わず、駆け出した。男は、空丸君を放った手を握りしめ私に向かって振り上げる。

全てが、止まっているように見えた。
身体がかーっと熱くなって……いつぶりだろう。こんな感覚。

「グッ……ッ!!?」
「お前、殺してやる。」

男が拳を振り下ろす前に素早く蹴りを入れ、よろめいたところに食材が詰まったビニール袋を思い切り顔面にぶつける。その勢いのまま足を払い、背中から倒れ込んだ男に何回も何回も蹴りを入れる。

「陽……さん?」
「お前みたいな……お前みたいな奴がいるからっ!」

脳裏で男どもの笑い声が響く。何十人ものゴミを見るような視線が一心に向けられる。それを見ている女の口が弧を描く。

人間のクズ、生きている価値もない。死んで詫びろ。

「止めろ、陽。」

誰かに、身体を抱き締められた。
この体温、知ってる。これは……。

「おい、陽!」

懐かしい。あの時も、そうだった。私を護ってくれた。どうしようもない怒りを収めてくれた。

嗚呼、なんて温かい。

(沈みゆく暗闇の中、懐かしい夢を見た。)

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