フィルム越しから愛を

□012
1ページ/1ページ



「親父!」
「すまん、遅くなった。無事か?小雪、空丸。」
「ええ……でも、陽ちゃんが。」


天火の行動は早かった。陽を抱き抱えたまま大湖をこの場に呼ぶため携帯で連絡をとり、気絶した男を縛り上げる。
泣きじゃくる空丸を宥めた頃に、大湖は路地裏へやってきた。息を切らしているあたり、全速力でやってきたのだろう。残っている仕事は鷹峯あたりに任せてきたに違いない。

「……陽がやったのか?」
「陽姉ちゃん、この人を蹴って……。」
「警察を呼ぶか迷ったんだけど、陽がこいつを気絶させたとなると色々面倒だしな。」
「なるほどな。先に俺を呼んで正解だ。」

大湖は小雪の擦りむいた膝を痛ましげに見る。小さな声ですまなかったと謝ると、誰かに電話をかけ始める。
誰だろうか、と天火は首を傾げた。

「ああ、すまん。料理中だったか……ああ、その陽ならここで気絶してる………そう慌てんな。ちょっとうちの家内と息子を助ける為に無茶したらしくてな……ああ、助かる。場所は商店街の例の路地裏だ…………ん?天火も一緒だが……分かった。じゃあ、頼んだぞ。」

電話を切ると大湖は天火に陽を抱えたまま、此処で待つようにと告げる。
陽の兄がすぐに迎えに来るらしく、それまで一緒にいろとの事だった。

「すまんが、俺は一旦 小雪達と学校に戻る。」
「一人で帰れるわ。それに、宙太郎のお迎えにも行かないと。」
「そんな擦り傷だらけで何言ってんだ。
病院に行く程の怪我じゃないが、保健室で見てもらえ。家よりはまともな処置が出来る。
幼稚園にも俺から連絡をいれておくから、後で迎えに行けばいい。
それに……今日はお前を一人にしたくない。」
「あなた……。」
「小雪……。」
「兄ちゃん。お母さん達、仲良しだね。」
「ソーダナ。」

相変わらずの両親のバカップルぶりに天火は明後日の方向を向いた。どうか純粋な弟に悪影響を及ぼしませんようにと、天火は空丸の目をそっと覆う。

それから数分後。
両親と弟が去ってから、天火は丁寧に陽を抱きかかえていた。所詮、お姫様抱っこというやつだ。
天火が陽の兄と会うのは体育祭以来の事。最後には、かなり威圧的な目線を向けられたので天火が緊張するのも無理はない。大切な妹が男に抱きかかえられている姿を見れば、再開早々に殴られるかもしれないが地面に寝かせておくよりはマシだろうと意を決して抱きかかえている訳である。

「そういえば、こんなに近くで顔見るの初めてだな。」

いつも何故か避けられていた。
俺の事をプロのストーカー並みに追い掛け回すくせに、決して近付きはしてこない。迷惑になる事はされた試しがないし、自分の事を語ろうともしない。
妃子と牡丹が話しているのを一度だけ聞いた事がある。

あれは恋する乙女そのものだ。

などと言っていたが、俺は瞬時に違うと思った。陽から向けられる好意は恋、よりもっと深いもののような気がする。

「綺麗な顔してんのな。」

普段の行為で打ち消されているものが見えた。ストーカー行為に賑やかな言動の方に注意を向けられ、気づかなかった。
肌は思っていたよりも白いし、黒い髪はパサパサではなくサラサラだ。睫毛も長いくて、身体は軽い。
顔も、手も、何もかも俺より小さい。腕の中で意識を失っているのは紛れもなく女子なのだと今更認識すると、顔が熱くなった。

「てめぇ、人様の妹に何赤面してんだ?」
「うわっ!?」
「なんだよ、人を幽霊みたいに。
まさか陽とあれこれしようと企んで……。」
「すんませんでした!!」
「冗談だ、そんなに固くなるな。
こっちこそ悪かったな。陽を抱き上げたまま待っててくれたんだろ。感謝する。
さ、早く帰れ。この不審者も俺が連れてくから。」

今なら聞けるだろうか。

天火は陽助が体育祭の最後に言った言葉の意味を知る為に、淡い期待を胸に言葉を発した。

「あの」
「……なんだ?」
「陽を裏切るなって、どういう意味ですか。」
「……ああ、体育祭の最後に言ったやつか。
気にすんな。大湖さんの息子だし、今日の事もあるしな。お前が人を裏切るような奴じゃねえって事は分かってる。あの時は色々と悪かったな。」
「いや、あの……俺が知りたいんす。
詳しくは知らねえけど、学校で陽の悪い噂が流れてる。
でも俺は、陽が悪い事をするような奴には見えない。だから知りたい。
陽の過去に何があったのか。」

見定めるように陽助は天火の瞳を見る。体育祭の日と同じように、天火は負けじと目をそらさないよう見返した。
陽助はため息をつき、陽を片手で抱きかかえ、もう片方の手で不審者を引きずりながら表通りへと戻っていく。やはり駄目か、と天火が下を向けば前方から声がかかった。

「何ぼさっとしてんだ。早く行くぞ。」
「行くって……。」
「コレを交番に届けた後、うちにだ。
その食材持って、ついてこい。」
「はい!」

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ