フィルム越しから愛を

□013
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着いた先は小さなアパートだった。
二階に上がり、陽助が鍵を開ける。部屋の中はきちんと片付いていて、彼は手早く布団を敷くとそこに陽を寝かせた。

「どうした。入ってこい。」
「お、おじゃまします。」

天火もおずおずと部屋に入り、扉を閉めて陽助が差し出した座布団の上に座る。持っていた食材を陽助に渡すと、彼は素直に礼を述べた。案外普通の人そうで、天火は安堵する。

「うわっ、卵割れてる。」

陽助が食材を冷蔵庫になおしている最中だった。バンっと勢いよく扉が開いたのは。

「誰か来てるの?オーヤさん。」
「腹減った。何か食わせろ。」
「出たな、ハイエナ共。」

髪を一纏めにしてクルクルと巻いた女と眼帯を付けた顔の整った男。揃いの耳飾りが光に反射してキラリと光った。
白子と小太郎までは似ていないが、どことなく二人の似通った雰囲気が漂っているところを見て、ああ双子なのかと天火は一人納得する。

「あら!陽と同じ制服の子よ、芭恋。」
「前にもあったよな、陽のクラスメートがここに来た事。オーヤさんの前で土下座してたやつ。凄え煩かった。」
「ああ、いたわね。最後になって偽善者ぶってた奴ら。
あなたもそうなの?頼むから静かにしてよね。迷惑だから。」
「……話が終わるまで自分達の部屋に帰ってろ。」
「嫌よ。お腹が減って死にそうなの。」
「チッ!後で夕飯やるから帰れ!」
「流石、オーヤさん。」
「話が通じるから助かるわ。あとそんなに苛々してたら剥げるわよ。」
「誰のせいだ!」

バタンと扉が閉まる。
あいつら態とだな、と陽助は顔を顰めながらガシガシと頭を掻いた。

「悪いな。あいつら、ここのアパートの居住者でな。高確率で我が家の食卓を荒らしにくるハイエナ共だ。」
「あの二人も、陽に何があったか知ってるんすか。」
「あいつら、陽と同じ中学だったからな。俺よりも陽の中学での事は知ってる。
今、俺が追い返さなかったら要らん事まで話すつもりだったんだろ。上手いこと今夜の夕飯もゲットしやがって。」

小瓶から胃薬らしきものを取り出し一気に飲んだ陽助に天火は哀れみの視線を向けた。
彼の髪はストレスのせいか若いながらに白髪が沢山あった。相当、苦労している人だ。

「ああ、悪い。話が逸れた。」
「苦労してるんですね。」
「分かってくれるか…さてと、陽の中学の話だったな。
確かあいつが二年生になった頃か。」

ポツリ、ポツリと話が始まった。

始まりは中学二年生の二学期終盤、陽のクラスに女子生徒が転入してきた時まで話は遡る。転入してきた生徒は至って地味な女子だった。ずっと俯いて、何を言われても黙りっぱなし。体型はやや太り気味の猫背で悪い意味で目立つ転入生。
親の都合でこの町に越してきた彼女は三学期に突入してからもクラスに馴染めず、クラスメイトから受けるものは陰口から次第に過激なものへ変わっていった。そんなおり、見ていられなくなり態々危険を犯して静止に入った者がいた。それが陽だ。

「ほんと、やめときゃいいのにな。他人の事なんか放っておいて自分の事だけ考えときゃよかったんだ。」
「陽は昔からそうだったんですか……。」
「ああ。馬鹿正直な奴でなぁ、ほんと大馬鹿だよ。」

陽が注意した事で事態は丸く収まった。あいつはクラスの中でそこそこ人気だったからな、発言力があったんだろ。
それを境に転入生が陽に付き纏うようになる。俺もあの双子も、初めは助けてくれた恩人に懐いただけだと思ってた。でもな、そんな甘いもんじゃなかった。
それから少しして、クラスメイトの態度が急変した。あいつら、陽に暴力を振るうようになったんだ。
あの転入生、今までの鬱憤をあろうことか陽にぶつけやがった。

「陥れる?」
「噂を流したんだと。
陽は良い子の振りをして、内心はお前らを見下してるだの。実は陽は素行の悪い奴で他校の生徒を虐めたりしてるだの。悪い噂は色々だ。
正義感に狂った奴らはどうしたと思う。そのうち力試しをしたいだけのくだらない奴も寄ってきて……その後は地獄だよ。」

まぁ……その転入生、正直に今までやった事を全て吐くまで色々とやって、陽の無実を証明させたけどな。

ははっと笑いを漏らしたシスコンに対し、天火の背筋にゾッと冷たいものが走った。

「まぁ多分、高校で流れてる噂ってのは転入生が流した噂がヒートアップしたやつだろ。流石の俺も、学校中に広まった噂を消すことはできなかったからな。だからせめて高校は、中学から離れた場所にしたんだが……。」
「そうか……ありがとな。陽の兄ちゃん。」
「分かったらさっさと帰れ。俺は夕飯作りに忙しい。」
「あー……陽が起きたら、伝えといて欲しいことがあるんすけど。」
「なんだ?」
「絶対に俺達が陽を護る。だから怖がらずに戻ってこい。俺達に悪影響が及ぶと思って離れていったんだろうが、そんなの俺達は気にしねえし、お前がいない生活は物足りねえって!
じゃ、おじゃましました!」

大きく一礼して去っていった天火。
陽助は口元にうっすらと笑みを浮かべながら陽の頭を撫でる。

「起きてるんだろ、陽。
案外、骨のある奴じゃねえか。もう少し、信用してやれよ。」
「……そんな、簡単じゃないの。」
「……そうだな。身体、痛むとこはないか?」
「ん、大丈夫。」
「じゃあ起きろ。兄ちゃんが美味い飯、作ってやるから。」


──────


「あら、もう帰るの?」
「謝罪のわりには静かだったな。」
「謝罪じゃないんで。ドーモ、オジャマサマシタ。」

階段を降りた先で待ち伏せをしていた双子は意地の悪い笑みを浮かべている。
関わってもろくなことがないと察知した天火は早々に双子の横を通り過ぎた。

「簡単に陽が戻ると思わない方がいいぜ。」
「噂が広がるのは早いものよ。あの子はそれをよく知ってるわ。」

バッと天火が振り返る。
しかしもうそこに彼等の姿はなかった。

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