3万hit記念リクエスト小説
□手を伸ばせば
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時は少し遡り、空瑠は本部で報告書を書いている時だった。
既に他の捜査官は帰還しているためフロアには空瑠一人しか存在せずキーボードを叩く音が響いた。
「空瑠」
バリトンボイスが響き空瑠はキーボードから手を離すと声のしたフロアの入口の方に顔を向けた。
『秀君』
そこに立っていたのは潜入捜査に行っていた赤井だった。
『お疲れ様。ごめんね。私たちのせいで』
捜査官の指揮を取っていたのは空瑠だが、赤井がバレる原因を作ったのは別の捜査官の単独行動である。
そのため実質空瑠に非があるわけではないがそれでも危ない目に合わせたことに変わりはなく空瑠は申し訳なさそうな顔を赤井に向けた。
「問題ない。それにあのまま居てもバレるのは時間の問題だっただろう」
赤井は空瑠の言葉に首を振って否定した。
『戻ってきた時に髪をバッサリ切ってて驚いちゃった』
「願掛けだからな」
赤井は自分の髪を触りながら呟くとフロアに入ってきた。
「空瑠だけか?」
フロアを見渡しながら言う赤井に空瑠は頷くことで返した。
『私もこの報告書だけかな。後の仕事は』
「ほー?ならばそれが終わったあとで話があるんだが構わないか?」
『うん。ちょっと待って』
空瑠は赤井に断りを入れてからまたパソコンに向き直り報告書を仕上げ始めた。
赤井も空瑠の隣のデスクに腰掛け頬杖をつきながら空瑠の横顔を見つめた。
『お待たせ。それで話って何?』
空瑠は書き終えた報告書を保存しパソコンの電源を着ると椅子ごと赤井の方を向き首を傾げた。
「潜入中からずっと考えていたんだ。恋人を演じていた相手からも誰を思い浮かべているのかと尋ねられることが時々あったからな」
そう言って赤井は椅子から立ち上がると空瑠の左手を掬い取り
「空瑠、ヨリを戻さないか?」
空瑠の瞳を見つめ赤井は言い切った。
『えっ?』
「潜入捜査があるから別れてくれと俺から言ったが、それでも空瑠のことは忘れられなかった」
空瑠は逆に真っ直ぐに見つめられる赤井の瞳から逃れるように顔を背けた。
『いきなり・・秀君の事だから冗談ではないでしょ?』
確認をする空瑠に赤井はあぁとだけ返した。
『そんなこと言われても私は秀君とはもう・・終わったんだよ。もう、幼馴染に戻ったよね?』
「すまないが俺はそう思っていないんだ」
赤井は左手で空瑠の顎を掴み視線を合わせた。
空瑠の瞳は不安定に揺れ涙こそ流していないが目尻に溜まっていた。
『秀君の想いには・・答えられないよ。今は仕事のことを考えたいから』
「それはお兄さんのことを指すのか?」
『兄さんのこともそうだし、秀君だってメアリーさんの事があるでしょ?』
「空瑠・・」
『ごめんなさい・・今は考えられないの』
空瑠は赤井の手を払うようにし早足にフロアを出て行った。
思い出した会話に空瑠は顔が赤くなるのを感じたが
『終わったんだよ・・』
自分に言い聞かせるように言う空瑠に兄は何も言わずただ、その表情を見つめていた。