本 棚
□座 薬
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コンサート後のホテル。
今頃、一日の疲れを癒すために、風呂に入るなり、夕飯を食べるなり、ゲームをするなりして、みんな自由に過ごしているのだろう。
俺の隣で伊野尾ちゃんが呑気にスマホをいじっている。
そんな中、俺は緊急事態に見舞われていた。
「………だる、」
暑い。いや、熱い。体が熱くて、だるい。こんな時に限って体調不良とか、ついてない。明日もコンサートあんのになぁ…
あー、だの、うー、だの言っていると、ようやく伊野尾ちゃんがスマホを見つめていた顔を上げた。
「?光、どーした?体調でも悪い?」
「…んー、なんか、ちょっと熱っぽいかも。」
「え?マジで?ヤベーじゃん。…下にコンビニあったから薬買ってこようか?」
「あぁ、ありがと。なんかごめん。」
すぐ戻るからね、と言って出て行く伊野尾ちゃんの後ろ姿をぼんやり見つめながら、意外と優しいよね、って思ったりした。
「ただいまー」
「あ、おかえり。ありがとー、伊野尾ちゃん、たまには役に立つんだね」
「それ失礼だかんな」
わざとからかうように言ってやると、伊野尾ちゃんが楽しそうに笑うもんだから、こっちも頬が緩んでくる。
「はい、薬」
「あー、はい、はい」
伊野尾ちゃんから白くて小さいビニール袋を受け取る。
そこで唖然
「……いの、ちゃん?これ、」
「ん?座薬?」
平然と言ってのける彼に驚きを隠せないまま言葉も無く二、三秒見つめ合う。
「…や、えっ、何?なんで?わけわかんないんだけどっ」
「なんでも」
「いや、答えになってねーから!!マジ、なんで座薬?!子供の使うやつだろ!?!」
「ほぇー?そんなことねぇって、よく効くらしいし」
何処までもテキトーな伊野尾ちゃんの何処までも訳の分からない思考に追いつけなくて、え?え?、とオロオロしていると、俺のことなんか興味無さそうに、彼はスマホを取り出した。
「あーひかる、俺今から大ちゃんとこ行くから。薬使って早く寝ろよ?」
「えっ」
「側にいてあげらんなくてごめんね」
「……」
かっこよく言ってやった感満載の笑みを浮かべ、伊野尾ちゃんは部屋を出ていってしまった。