本 棚
□ぬ く も り
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ざぁざぁと雨が降っている。
近頃悪天候が続いている。
移動バスの中で窓から空を覗き見れば、黒や灰色の曇天が広がっていて、太陽の光は糸の太さほども零れていない。
そしていつもとなんにも変わらないことは、周りにはみんながいて、俺は一つ一つ今この瞬間を写真を撮るという手段を使って記録していること。
写真が好きだ。単純に、人の様々な表情を撮るのが好き。
丁度今、隣りに座る山ちゃんはうとうとしている。寝不足、かな。
「……あー駄目だ、、、」
寝てはいけないといった様子でそう山ちゃんは呟く。とは言え、またすぐに首がこくんこくんとし始める。それはなんとも可愛らしい。
「ゆうてぃ」
「…ん?」
声を掛けられて、少し驚く。
「あのさ…肩貸してくれない?」
「…はい、どうぞ」
「ありがとう」
眠さでとろんとした表情ではあるが、確かにとびきりの笑顔を俺に向けてくる。それから俺によりかかれば、すぐに控え目な寝息をたてて寝始める。
少し見にくいけれど、目を横にやれば山ちゃんの寝顔が目に映る。
山ちゃんの寝顔はそれはそれは天使のように美しい。
写真におさめたい。何より、この人を目の前にするといつもそう思う。
どんな人の表情を撮るよりも楽しい。
「…んん、、」
小さく唸ってますます俺に体を預ける山ちゃん。やけに今日は甘えん坊だなぁ。
なかなか見られない山ちゃんの行動に口元が緩んでしまう。
「あらあら、山田寝ちゃったの」
眠た気な目で伊野尾ちゃんが小さく言う。伊野尾ちゃんこそ眠いんじゃないのと言いかけて、やめた。そういえばいつも眠たそうな表情をしていると思い出したから。
どうしても山ちゃんの写真を撮りたくて片手でカメラを持ち試みるけれど、上手くいきそうにない。シャッター音鳴るから一枚で済ませたいなと思って。
半ば諦めようとしたけれど、まだまだ撮りたいという気持ちが強くてもどかしくなってくる。
どうしても撮りたい。
どうしても、自分の肩に頭を乗せ、すやすや眠る天使を撮りたいから
「伊野尾ちゃん、撮って!」
これまた小声でそう言った。
伊野尾ちゃんは笑いながら俺からカメラを受け取る。
バスの外の景色は相変わらずだ。
そしてもう一つ、いつもと変わらないことは、この人の隣りに居られてなんだか温かい気持ちになるということ。
end
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ぬくもり