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□彼らの遺した言葉たち
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「太宰さん・・・。」
きゅっと抱きすくめた頭が、埋もれた中で左右に揺れて額を覗かせた。
私を見る上目遣い。
自覚の無い、不安に歪んだ微笑み。
「うん?」
表情を真似ると目は伏せられた。
何でもないです、と。
裏返しの言葉が私の胸を伝って腹に落ちていく。
「どうしたの。」
寄せられた頭の僅かな重みを預かり、彼女の髪に口づけた。
今日は随分甘えたさんだね。素知らぬふりで頬をくすぐった指先から、彼女は逃れるように体をよじった。
すり寄ってきたのは君のほうじゃあないか。
暖かな枕元に冷たい空気が差し込む。
「ねぇ。行っちゃ嫌だよ。」
背を向けようとした体を引き戻す。
唇を寄せると、彼女の小さな手が胸元でこわばった。
無意識の抵抗。
君の潜在意識。
私のことが信じられないと。
「駄目?」
下手くそな笑顔に彼女は困惑の表情を浮かべた。
見逃してしまいそうなほど一瞬のこと。
恥ずかしそうにゆっくりと横に振られた彼女の頭はまた私の胸に埋もれてゆき、見え隠れしているつむじが小刻みに震える。
不安定さ。
不信感。
彼女を蝕むそんな気持ちが、私の目にはまるで描かれているかのように見えていて、それでも私はいつまで経っても伝えてあげることが出来ないままに今日も彼女を腕に抱く。
好きだよと。
愛しているのだよと。
どうしても伝えられないそれが。
きっと君を孤独から救うだろうに。
「ごめんね?」
笑った私を君は不思議そうに見つめていた。
どうか分かってほしい。
私は君を、愛しているから。
【彼らの遺した言葉たち】─ 太宰治
人は本当に愛していれば、かえって愛の言葉など白々しくて言いたくなくなるものでございます
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