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□ホストクラブシリーズ
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<拍手お礼文:ホストクラブシリーズ>


港町ヨコハマの路地裏に、その昔小さな小さな喫茶店がありました。
そこは美麗な顔立ちをした青年たちが働いていると有名で、
しかしながら皆、迷い犬のように行くあてもなく孤独に彷徨っているところをスカウトされた男の子たちでした。
孤独を知る彼らは心優しく、やってくるお客たちに楽しいひと時を与えたのです。
そうしていつしかそこは、小さな喫茶店から心を癒す煌びやかなクラブへと姿を変え、より一層有名になっていったのでした。

港町一番の美麗集団、クラブ「迷い犬」
あなたは今夜、誰と一夜を共にしますか?





「こんばんは。」

お店いっぱいに漂う甘いお酒の香りに混じって、ほのかに薬っぽいにおいがした。
包帯が巻かれた手をひらりと振って、太宰くんがわたしの隣に腰かけた。

「お待たせしちゃったよね。ごめんよ?」

少し息を切らしているのか溜め息なのか、ふぅと一息吐いて。
疲れた様子を見せた一番人気のキャストさんに、わたしは首を横に振る。

「ううん。人気者なんだから仕方ないよ。わたしのことは気にしないで?」

それよりも、少し休んだほうがいいんじゃ……。
そう言うと太宰くんは、目を丸くした後でふんわり笑った。
待ち時間にわたしを楽しませてくれていたヘルプの男の子が、暗黙の了解のように席を立って離れていく。

「ふふ、君は本当に不思議な子だ。」
「?」

言葉の意図が分からずに首を捻ると、太宰くんはまた笑って、空っぽの両手をソファについた。
彼の好きな飲み物を注文すると、ほどなくしてそれは運ばれてきた。

「迷い犬」というちょっと古風な名前のクラブを発見したのは数カ月前のこと。
昔は喫茶店だったというそこは、装飾こそ煌びやかになったけど、レトロさはそのままに落ち着いた雰囲気を纏っていた。
こんな遊び場には一生無縁だと思っていたわたしだけど、以前お店の裏手からよろめいた彼が出てきたのが始まりだ。

「もしかして、私とのお喋りより楽しかった?」
「え?」
「さっきの話。気にしないでって言っていたけど、君が居るのに気にしないなんて方が無理だからね。」

太宰くんはそう言って、誰にも見えないよう死角を作ってわたしの頬を撫でた。
あぁ、これが一番人気さんの接客術かぁって。
わたしは出来る限り真に受けないように、思考をコントロールしながら微笑んだ。

「どうして答えないの?もしかして本当に私との時間より楽しかった?」
「そんなこと。」

聞くまでもないのにな。
切なくなるようなことを聞くのもビジネストーク。
そう思って口を縫い合わすようにして黙ったのだけど。

「私を捨てないでって。そう言ってるのだけど?」

わたしの髪を指で流して、耳の隅っこに唇がくっついた。
びくりと体が反応する。
とても心臓に悪い。
こんな平凡なわたしにそこまでしないといけないくらい、この世界で働くことは厳しいんだろうか。

「君は他の女の子とは全然違う。心変わりしてしまったのかと思うと気が気でないよ。」

わたしは返事も出来ずにただ固まってこの状況に耐えていた。
気持ちは嬉しいけれど、ここまでの接客は求めていない。
スカートの裾をぎゅっと握っていると、お店の真ん中のほうで女の子が怒っているような高い声が響いた。

「やれやれ……私かな。」

太宰君はわたしの髪から手を離し、急に冷たくなった黒目を声の方へ向けた。
そのまま一度顔を伏せ、何かを振り切るように首を振ってからわたしを見る。

「彼女はいつも情緒不安定でね。私という商品を粗雑に扱う。」
「そんな言い方……あなたは商品なんかじゃ、」
「だからね。」

彼は少し声を張って、わたしの口から言葉をもぎ取った。
薬の香りがする指先が唇に当たる。

「いつかちゃんと私を買ってくれ給え。」
「……え、」

それってどういう意味なのと聞く前に、ヘルプの男の子が困った顔をして彼を呼びに来た。
お店の真ん中の方を示した手につられて顔を向けると、初めて彼と会った日にお店の裏手に居た女の子が。
彼女に突き飛ばされて自嘲気味に笑っていた陰のある顔が、わたしは今も忘れられないのだ。

「それじゃあ、少し仕事に行ってくるよ。」

ゆっくりと腰を上げて彼は去っていった。
あんなにたくさんの人に愛されているけど、何かに迷っているように彼は時々不安そうにする。
いつか急に居なくなってしまうんじゃないかと、わたしも不安になるけれど。

「行ってくる」と言った彼の、帰れる場所にわたしがなれるなら。

そんなことを考えている馬鹿な自分に気がついた。


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