夢物語

□探偵社設立後秘話?(社長)
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「私は夢の中であの男の子と!」
「俺は夢の中であの女と!」

「入れ替わってる!?」

そんなアニメ映画が爆発的大ヒットを飛ばし、舞台となった地方は「聖地巡り」をするファンで溢れかえっているらしい。
広がる評判は朝のテレビと、昼間の探偵社で耳にした。

「えっ、観てないんですか!?すっごい泣けるんですよ!?もったいない!」

わたしをとっ捕まえて、事務員の可愛い女の子たちがきゃぴきゃぴ騒いでいた。
そろそろ定時を迎えようかという頃。
まだその話題続いてたのねと言いたいところを、笑顔で封じ込める。

男の子と女の子の中身が入れ替わるシーンだけが度々予告編として電波に流されるあの映画、そこしか知らないわたしはあんなラブコメのどこに泣けるのか、果たして想像も出来ないのだけど。
ついに巻き込まれてしまったなぁと、笑顔に苦味が混ざるのを止められないのは、ラブコメ批判者だからってわけじゃない。

(社長もまだ覚えてるのかなぁ。)

盛夏の夕刻、真っ赤になってとろんと落ちていく太陽が鮮やかに社内を染める。
夜がやって来ればそこは別世界。港町の均衡は黒い組織に託されていく。
わたしたちが目を覚ますのはその終焉。
朝がやって来る頃、またバトンは振り出しに戻される。

三刻構想の、始まりに。



探偵社設立後秘話?




「…………。」

それは、探偵社が設立して間もない頃に起こった大昔の話だ。
まさかこの時の体験が映画化されるなんて、わたしもその人も知っているはずがない。

「な、………な、」

なにこれ。
人は本当に驚愕すると声も出ないという事を、わたしは身をもって知っている。
その朝、起きぬけのぼんやりした頭がさぁっと冷え切って真っ白になったのは、探偵社の創始者である人の家で、何故かわたしが寝ていたから。
というわけではない。
そんなことはむしろどうでも良かった。
どうでも良いと思うほどの事件が起きていたのだ。

「なん、なんで、どうして、」

どうして「わたし」がわたしの隣で眠っているのか。この一点に尽きる。
目の前に横たわる、自分の体。
幽体離脱?それとも分身?
こんなの、目を覚ましたという夢を見ているにほかならない。
そう思い込んでもう一度布団に入ってみたけど、シーツの感触も枕の柔らかい感覚も酷くリアルで。

「おおおおお起きて、起きて、」

死んじゃ嫌だ。
再度起き上がり、震える声で隣に眠る「わたし」に声をかけた。
しかしおかしい事に、わたしが話しているはずが何度声を出しても脳髄に響いてくるのは男の人の声。
たまらず目の前の「わたし」をガシガシと揺らせば、自分とは思えないような殺気がその目に走った。

「!?」

カッと見開いた目。射抜くようにわたしを見る「わたし」。
自分じゃないみたいな鋭い眼光に、これはもしかして………という予感がしたのだ。

「社長、ですか……?」

差し向けた指が震える。
スパーン!と清々しい音を立てて障子が開いたのはその時だ。

「おっはようー!おなかすいたー!ごはんー!」
「!?」

飛び上がるほどわたしは驚いた。
ひぁあ!と声を上げると、目の前の男の子はキョトンと首を傾げた。
朝陽を背負ったシルエットは、寝間着の浴衣が見事に崩れている少年探偵。

「……………どしたの?」

シーンと静まり返った和室に、スズメの愛らしいさえずりが散っていった。



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