夢物語

□探偵社設立後秘話?(社長)
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その頃の赤レンガ倉庫は、改修工事が済んで商業施設としての役割も担い始めた時だった。
風変わりでお洒落な食べ物が並び、休日は人出に混み合い、歩くのも大変。
それは約十年経った今でも変わらずだけど、小娘時代のわたしにはより一層輝いて見えたものだった。

(あ、いいなぁ、綿菓子。)

虹色をした珍しい綿菓子を、子供が嬉しそうに持って歩いていた。
あんなものを見たらきっと乱歩さんが騒ぐだろうなと思いながら、わたしは「わたし」の後ろを、何十メートルも離れて歩いていた。

(なんか、わたしじゃないみたい。)

後ろ姿は一点の迷いもなく歩く武士のようで、どことなく小股なのはいつも和装なせいだろうか。
積み上がったレンガに隠れてぴらりと袖を広げる。

まったくもって、着替えも大変な仕事だった。
まずはわたしの支度からで、見たいとか見たくないとかそんな問題ではなく、着てくれと渡されたこれの着付けが出来なかったのだ。
おかげなのか何なのか分からないけど、わたしは目隠し人形状態。
真っ暗な眼前に、七五三の思い出が浮かんだ。
その後「わたし」の見た目をなんとかすべく、以前に乱歩さんが来ていたのだという服を着せた。
オーバーサイズ気味なショートパンツに、社長は苦い表情を浮かべていたけど。
その話をあっという間に言いふらしたのは、窒息させられた乱歩さんからの復讐であり、社内に響くは女性の爆笑。
ひどいよ与謝野さん、あんなに笑うことないじゃないか。
異能力者っていうのはどこか心が歪だ。
だからあんなに強いのだ。
海のにおいが強くなって、クルーズ船の汽笛に意識が戻る。

(誰を待ってるんだろうなぁ。)

倉庫の奥には海が広がっていて、観光客のざわめきから離れた広場には誰もいなかった。
点々と置かれた木製ベンチに腰掛け、社長は本を読んでいる。かれこれ5分ほど。
遊び盛りといった女の子が海に向かって黙々と読書。あんなわたし、怖い……。

一緒に行きますと意気込んだ朝、今日は知り合いとの面会なのでボロが出ては困るとのことで、ストーカーの如くこんな位置から見張ることになってしまった。
きゃっきゃとはしゃぐ子供たちの声を遠くに聞いていると、そこに学生らしき3人組の男の子たちが歩いてきた。
見つからないよう、視線を避けながら身を隠す。
どうやら遊びに来ただけのようだけど、雲行きが怪しくなってきたと気づいたのは、彼らと社長との距離が縮まってきた時だ。

「こんにちは。ひとり?」
「………。」
「どこから来たの?何してるのかな?」

当時のわたしには何も聞こえていなかった。
と言うのも、海や風、船の走る音で会話が掻き消されていたからだ。
もしやあいつらが今日の仕事相手なのだろうか?それにしては若い知り合いだけど。
慎重に様子を見ていると、彼らのうちの1人が社長の手を取った───と、

「!!」

瞬きよりも早く、事態は急変していた。
手に触れた男の子が知らないうちにアスファルトの上でひしゃげていたのだ。
それを見た他の2人が尻もちをつく。
まさか!敵襲だったのか!
わたしは駆け出す。
社長を狙うなど言語道断だ!
100メートル程を全力で疾走し、ズシャ、と音を立てて社長の前に滑り込む。
そして肩から提げている鉄板入りのカバンで彼らの頭を、───殴った。

「大丈夫ですか社長!」

襲撃者3名は目を白黒させ、その後各々驚嘆の色を浮かべた。
震える指で社長を示し、口々に「社長!?」と声を上げる。
まだ何かあるというのか。もっと殴ったっていいんだからね?
わたしが凄むと、彼らは散り散りに消えていった。
なんだ、大したことない奴らじゃないか。
ふんっ、と鼻を鳴らすわたしを社長はぼんやりと見ていた。

「まったく、社長を狙うなんて1億年早いんだから!お怪我は無いですか?」
「……いや、無い、が。」
「?」

社長が向けた言葉の先がわたしではないという事を、ふと振り返ったところでわたしは知る。
今日本当に会う予定だった人が、後ろで呆然と立ち尽くしていたからだ。



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