夢物語

□*落とし落とされ…?*(国木田)
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*落とし落とされ…?*


(…しまった)

 そう言えば、俺が呑み始める前からこいつは自分のボトルを開けていたんだった。

 不意に静かになった常連客に、思わずこめかみを押さえる。寝落ちやがって…まあ、くだを巻いていたくらいだからストレスは溜まっていたんだろう。そもそもこいつは、日々の鬱憤を吐き出しにこの店に来てるんだしな。

 しかも俺を相手に−−−「俺を指名の客」とはよく言ったもんだが。これがまた酔っぱらいの出任せでも、つまらんお追従でもない。

(如何な俺でもさすがに気づくわ、この阿呆が)

 お前は自分がどれだけここに通って来てると思っている。

 今は内勤の俺がまだキャストだった頃、それ以前の、この「迷い犬」が喫茶店だった頃から。

 常連というのは、こいつにこそ使われるべき形容だ。

 ただキャスト目当てに通いつめるのでなく。この空間ごと、ここで過ごす時間を大事に思って長く通ってくれている。

 その上での、俺への「指名」−−−

「ったく…」

 小突いてみたが起きる気配もない。さりとてこのまま寝かせておくわけにもいかん。

 レトロな店内は喫茶店時代の面影を残して、品よく適度に豪奢な装いだ。キャストの接客も、巷の同種のクラブの如きバカ騒ぎはない。時おり中原が太宰と諍うものの。今では俺の叱責や説教がない分、さらに落ち着いた、女性には安心感を与える雰囲気になったやも知れん。

 が。

「おや。寝てしまったのだねえ」

 指名客の一人を送り出した太宰がわざわざカウンターに寄って来やがった。

「さっさと客席に戻れ。さしたる入りでもないのに客を待たせるな」

「うふふ。でも、気になるじゃあないか。この店一の大事なお得意様だよ? もし閉店までに起きないようなら、私が送って差し上げるとしようか」

「ふざけるな。大事な得意客をむざむざ危険に晒せるか、この色魔めが。−−−敦!」

 低く呼べば、使いっ走りの新入りがそそくさとやって来る。

「乱歩さんには時間通りに上がって頂く。お前は中原とクローズ業務だ。この唐変木を確実に叩き出してから閉めろよ。俺は急用で上がる」

 言うなり携帯電話を取り出してタクシーを呼んだ俺に、太宰が「へーえ」と目を円くして首を傾げた。

「国木田くん、キャスト時代にもアフターなんかしたことなかったのにねえ」

「どこがアフターか! どう見ても保護だろうが!」

 そう! これは保護だ、保護!

 ニヤニヤと厭らしい笑いを浮かべる太宰を敢えて無視して、俺は古馴染みの身支度を整えてやると肩に担いだ。

 やって来たタクシーに乗り込んで告げた住所は−−−俺の自宅。

「…………」

 平和に爆睡している常連客をチラリと横目に見て、溜め息を吐く。

 こいつの住所は知っている。俺とて自分の愛想のないさは自覚しているが、キャスト時代に季節の挨拶状を欠かしたことはない。

 しかしだな。

(客のバッグを勝手に改めるわけにもいかんだろうがっ…)

 しかもあれだけ呑んだんだ。体調を崩されでもしたら俺の寝覚めが悪い。

(…単なる経過観察だ)

 −−−このあと自分の形のデカさを嘆きながら身長に足りないソファで寝た俺が、すっ頓狂な悲鳴に叩き起こされたのは翌朝八時。

「っ…」

 パニックで涙目になった阿呆が俺を見るなり真っ赤に染め上がるのを見て、不覚にも惚けた自分の理不尽な胸の裡を、俺はその後しばらく持て余すことになったのだ。



END

20190105


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