夢物語A

□あなたの創る世界(ドストエフスキー)
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「それで、いかがでしたか?彼らは。」
「うん?」
「潜入はどうでしたかと聞いています。」
「ああ、探偵社の話?うーん、なんかまぶしくって。」

青い光の中で湯気をたなびかせ、わたしは彼に紅茶を差し出した。
さっきの救急箱もそうだけど、これも与謝野っていう女医の執務室から拝借してきたものだ。
まあ、熱湯で煮出した紅茶も、脱脂綿に浸ったエタノールも返せやしないけど。
カリパクってやつ。
わたしは機嫌よく笑ってみせた。

「窓が多いしカーテン無いし、1日中陽が降り注いでるのよ?目がおかしくなっちゃうかと思った。」

それに比べたらマフィアはまだ暗くって落ち着いたなー。
あちちって言いながら無理に紅茶を啜って、カップを置く。
彼はそんなわたしを一瞥し、真似するように紅茶を啜った。

「何?」
「いいえ。」
「もう、何よ何よ。わたしが居なくて寂しかったって?」
「それは違います。」

酷いんだから。
ぷうっと膨らんだわたしに、少しだけ微笑みが過る。

「眩しいのは目だけだったのでしょうか、と。疑問に思いまして。」
「え?」
「視界が、眩しかっただけですか?」
「あー……。」

なるほどね。
遠回しな物言いに、わたしは暫し黙考した。
ドスくんはその間、暇を持て余して紅茶を眺めている。

「そうだなあ……。」

わたしは既に消えかかってさえいる記憶を、目をころころ動かして辿った。
潜入してみて楽しかった事は事実だ。
うるさいやつばっかりで、恥ずかしいこと言うやつばっかで、見てて飽きない。
でもそんなのは最初だけ。
マフィアにもかつて三重スパイなんてタフな事やってのけた奴が居たみたいだけど、最後は自分から破綻を迎えた。
莫迦だなと思う。
眩しさが脳髄に達するほどの何かがそこにあったっていうの?
そんなのあるわけない。
わたしは違う。わたしの居場所はあんなとこじゃないから。

「わたしはドスくんが好き。だから眩しかったのは目だけ。」

本当よ?
早く帰ってきたくて寂しかったもの。
わたしはきっぱりとそう言って立ち上がり、彼の座っている椅子の隙間に膝を立てた。
お行儀よく揃ってる腿の上に座って、肩に手を置いて。

「大好き。」

唇を求めたら、胸元を押し返された。

「まだダメ?」
「遠慮しておきます。」
「えー、遠慮なんてしなくていいのに。」

ドスくんは控えめな人だね、なんて。
冗談の言い合いで笑うわたしの手は表情と裏腹、ぎりって音がしそうなくらい強く彼の肩を掴んでた。
爪痕がつかないのは手袋と、彼の衣服のせい。
信頼されていない事実への焦燥と悔しさ、叶わない恋情への悲哀でどうにかなりそうだった。

「わたしもドスくんの力、ちょっとだけ欲しいよ。」
「貴女のことはとても買っていますよ。その能力、知性、演技力。」
「それに、あなたに陶酔している。」
「そうですね。」

だからさ、ちょっとだけ頂戴よ。
あなたの異能を。
まだ誰も知らないあなたの奥底を、わたしの異能なら肌と肌がほんの1ミリ触れるだけで吸い取れる。
マフィアも探偵社も、指先に触れるだけでそこらじゅうの奴ら全員の能力を少しずつ拝借してきたんだ。
そう。
あなたを治療する救急箱や、あなたとの団欒に飲む美味しい紅茶と同じ。
カリパク。
盗んで、そのまま。
能力を買われてるんだって、それでもいいから。
それを使って、わたしはあなたと一緒に、さ。

「見たいよ、わたし。あなたの創る世界。」

よりよい世界。
優劣のない世界。
異能がない世界。

あなたに触れられる世界。

「ずっとずっと支えるから。」

布越しじゃなくって、わたしの肌を直接触ってもらえるその日まで。
ううん、それよりずっと先まで。

「分かってますよ。」
「本当に?」
「本当です。」

人形みたいに動かない表情。
わたしは手袋をした手で彼の口に触れ、その上からキスをした。


布越し、彼の手がわたしの腰を抱いたのが分かった。


*
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