夢物語A
□アイデンティティ(立原)
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「あー………暑っちぃ………。」
脳天をジリジリと太陽が焦がしてく。
そのうち頭で目玉焼きが焼けそうだ。
ビルというビルに反射しまくってる太陽光を見上げて俺は目を閉じた。
真っ赤な、血の海のような景色が奥に広がっていく。
「10円のお戻しです!ありがとうございました!」
マフィアに潜入したのはつい最近で、ちゃんと出来てんだか分かんねぇけどとりあえず身バレはしていない。
コンビニで缶コーヒーを4本買って、またピーカンの夏空の下。
マフィアって夜の仕事じゃねぇの?
不満を漏らしつつ諸先輩方の待つ現場へ戻る道中、真っ白な太陽光と同化するほど白い何かが、横から俺の足元に突っ込んできた。
「うぉわっ!、」
躓いて、一歩二歩、三歩。
スピードを保ったまま俺が突っ込んでいったのは、立て看板に中途半端に刺さってた釘の頭。
「痛っってぇえー!!」
折れた、絶対いま、鼻折れた。
尻餅をつき、血の気が引くほど驚いた俺は鼻を触り、その感触を確かめた。
「ひっ……!」
中指に付いた血。
打ち忘れでもしたのか、3センチくらい頭が出たまんまの釘を、俺の鼻が打ちこんだんだ。
そんなジャストミートあるか?普通。
信じられない不運に腰を抜かしてた時だった。
「…………。」
「うぉっ!びびった!」
コンクリにへたりこんでる俺を、真っ白な服の女児が不安そうに見ていた。
こいつかよ、角から飛び出してきて俺の足を引っかけたのは。
「あークソッ、見てんなよ!」
「っ!」
びくぅ!っと肩が跳ねて。女児の黒目が水に浮く。
もっと怒鳴りつけてやりたかったが、どうも俺にはその度胸が無いらしい。
泣きてぇのはこっちなんだが………。
何言えばいいか分からずに発狂しかけたところで、女児は斜めがけの鞄から紙切れみたいなもんを出して俺の前にそっと置いた。
「……なんだ?」
随分距離を開けて置かれたそれは絆創膏。
裏表、どっちも見るけどなんの変哲もない、普通の。
「あっ、おい、」
俺が絆創膏に気を取られていると、女児は地面に頭をぶん投げる勢いでお辞儀をしてそのまま走っていった。
ズキズキ、だんだんと打ち身のように奥まで痛くなってくる鼻。
「こんなもんでどーにかなるわけねぇだろっ。」
ぜってー折れてるし。
ぶちぶち文句を垂れつつも、気がかりな鼻の状況を確かめるべく立ち上がれば、女児が来た方向に割れた鏡があるのが目に入った。
壁にくっついた木枠と、4分の1も残ってない鏡。
そこに自分の顔を映すと、思ってたよりはずっと軽傷な鼻がぴったりと鏡の形に収まった。
「ぶっさいくな内出血。」
このまま戻ってダッセー怪我したなってイジられんのと、絆創膏貼って出ていって笑われんのと、どっちがイイか。
「…………ま、無いよりマシか。」
既に赤黒くなっていたそこに、俺は絆創膏を貼った。
それ以後、「絆創膏」で名前が覚えられるようになった俺は、黒蜥蜴までのし上がっていく。
「あのガキ、まだいんのかな。」
ヨコハマに。
使い走りに買わせた炭酸飲料を飲みながら、また来た夏の日差しがジリジリと俺の脳天を焼いていくのを感じていた。
*