風に捧ぐ祈り

□EP1
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「こんな砂だらけの所にお花なんてあるの?母様」


小さな少女はむっと拗ねたように口を尖らせながら不満げに言った。それでもその小さな手は少女が母様と呼んだ隣の女性の手をしっかり握ったまま。暑いからか長く歩いたためか、呼吸は少しばかり荒い。


「もうちょっとだから頑張ってアリカ。もしかしたら秘密の花があるかもしれないよ?」
「ほんとー!?」


アリカと呼ばれた少女はさっきまでの不満げな表情を一瞬で輝かせ空より青い瞳を子供らしくきらきら輝かせる。そのまま無邪気に隣を歩く女性の周りをくるくると走り回った。


「こら、危ないから走らないの」
「あっ」


気を付けてと言いかけた目の前でアリカは見事に顔からすっ転び、口の中に乾いて熱を持った砂が入り込む。咄嗟にむせた。2人が歩いているのは辺り一面見渡しても砂だらけの乾いた砂漠。足をとられやすく、慣れない者がそこで走れば転ぶのは当然。しかしアリカは泣き出すどころかばっと勢い良く起き上がると照れ笑いを浮かべた。


「えへへ、転んじゃった」
「もう…ほら、怪我したとこを見せてごらん」


アリカの膝から、わずかに血が滲んでいる。小さな擦り傷。アリカの母親らしき女性は少女の膝にそっと手をかざした。


「女神エイルよ、我、汝に祈る。この者の傷を癒し給え…」
「母様…?」
「Resurrectio<再生せよ>」


そっと呟くと同時にあたたかい橙色の光がアリカの膝にランプのように灯り、擦り傷がたちどころに回復した。もうどこを怪我していたか分からない。


「もう痛くないでしょ?」
「すごーい!ねぇねぇ、私にもその魔術はやく教えてー!」
「ふふ、また今度ね。ほら早く行こう?砂の里に着く前に日が暮れちゃうわ」
「ちぇー」


2人は再び歩き出した。風の国、砂隠れの里へ向けて、ある伝説の花を求めて。


「早く着かないかなー。もう疲れちゃった」
「あとちょっとよ」
「お空を飛ぶのはダメなの?」
「うーん、そうね、お空を飛んで行ったら砂の里の人たちがびっくりしちゃうかもしれないでしょ?」
「そっかあ」


2人は一般人ではない。そして忍でもない。が、忍と同じか、あるいはそれ以上の能力を有し万物の全てを使役する伝説の一族。誰も知らない、知っていても信じていない、神話の隅に名を連ねる程度だがだからこそ、2人はなるべく存在を隠すため、常に旅をしながら生きていた。もうこの世に生きているのは2人だけ。だがたったの2人だけでも、新たな世界の創造程度なら容易い。名を、鍔鬼一族。
その末裔が、鍔鬼アリカという少女であった。
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