愛は飢えを満たしますか?

□EP1 交わる空と空
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それは、ある午後の出来事。

(豪華なシャンデリアだなぁ…)

聖來は、遠月リゾートホテルのロビーにある、柔らかい素材で出来たいかにも高級そうなソファの背もたれにだらしなく後頭部を預けて…というよりは埋もれるようにして天井を見上げ、ボーッと呑気な感想を心の中で呟いた。手元には、さっきから全く捲られず、まるで1枚の絵のように納まっている楽譜集。

(何やってるんだろう私)

鈴鳴 聖來。有名なピアニストの父、鈴鳴 俊貴(としき)に厳しくしつけられ、わずか2歳にしてピアノの才能を開花させた。今は高校1年生にして日本中を忙しく飛び回るピアニスト。親の七光り、なんて揶揄されることもあるが、実力は本物である。当然ピアノの各コンクールでは優勝を独占。その腕前から、芸能人や政治家の集まるセレモニーに呼ばれることもあれば高級料理店でピアノの生演奏を披露することもある。海外の演奏会に招待される機会も増えた。活動範囲が広がることは喜ばしい。そして今回も、遠月リゾートホテルから演奏の依頼を受けて来た。それも複数依頼。数日かけて、演奏をして欲しいとのこと。そして、もし引き受けてくれるのであれば演奏代はもちろん、客室も無料で提供する、ということらしい。かなりの好条件だった。そこで、どうせなら高級ホテルを堪能してやろうと早入りしてみたが

「…はぁ」

どうにも落ち着かない。ホテルに到着してから、とりあえず自分に提供された客室で、楽譜に目を通しイメージトレーニングをしていたものの、大きくて柔らかそうなベッドが側にあると、誘惑に負けて眠ってしまいそうだった。これでは集中出来ないと思い、わざわざ客室を出てロビーのソファに移動した。ロビーの照明は客室よりもずっと強く明るいからきっと眠気も吹っ飛ぶだろうと。

(で、結局飽きてこうなる、と)

結果は、客室にいるのとあまり変わらなかった。むしろ少し人の気配がするロビーの方が聖來的には快適だったかもしれない。そもそもせっかく早入りしたのだから、その分寛げば良いのだ。演奏で使用する曲は、今の聖來には目を閉じていても完璧に弾ききる自信がある。ちょっとくらいのんびりしていたってバチは当たらない。


(集中出来ないのに無理に練習したって意味ないよね…)

そんな風に、脳内でごちゃごちゃと考え込みつつボーッと過ごしていた時だった。

〈ドドドドドド〉

突然、妙に大きな足音が大量にロビー中に響き、聖來は思わず背もたれに預けていた上体を起こした。結果的に眠気は吹っ飛んだようだ。

「な、なに…?」

地響きがして建物が揺れているように感じるのは気のせいだろうか?地震?しかし揺れ方が地震とは違う気がする。一体どこからこんな音がするのかとキョロキョロ見回すと、その重く響くような足音で想像した通りの、大柄で筋肉質な男達が大勢でホテルの入り口である大きなガラスの両開き式のドアから押し寄せる光景が視界に飛び込んで来た。音の正体はアレだ。初めて見るその異様な光景に聖來は目をぱちくりさせる。その筋肉集団達は、ロビーで聖來の気付かぬ内に整列していた高校生らしき集団の前で静止した。結果的に集団と集団が対立するかのように向き合う形になたわけだが…聖來には何が始まるのか全く見当がつかなかった。ケンカ…?いやまさか。よく見ると高校生達も若干顔を青ざめさせていて、怯えを含む表情をしているのが分かる。するとやがて、高校生の集団を仕切っているらしい人物が、筋肉集団を前にして高校生達に何やら指示を出し始めた。どうやら今から、筋肉集団と高校生集団とで何か始まるようだ。やっぱりケンカ…?決闘…?

「……」

異様な雰囲気に包まれたロビーには緊張感が漂う。聖來はこれから何か妙なことに巻き込まれるような気がしたが不思議な好奇心に突き動かされ、まるで身を乗り出すようにしてその高校生集団と筋肉集団の決闘(仮)へ視線を注いだ。
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