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□椿
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「殿ー入っていいー?」

そう言いながら襖をがらり、と開けたのは石田三成に仕えるくのいちであるゆにだった。

「貴様はいつになったら主に対する礼儀というものを覚えるのだ」

「そんなの薄れてく一方だよ、長くいたら礼儀も何も親しくなるでしょ」

ね?とゆには子供のように小首を傾げて、彼女に背を向けて書簡を読んでいる主、石田三成に笑いかけた。

「乱世で死ぬのがオチだ」

「そりゃないよ、殿がそんなんでどうするの」

「死ぬのはお気楽頭のお前だけだ阿呆」

ひどい!とゆにが抗議するも、三成はこれといって反論するわけでももなく、うざったそうに首をまわした。

「ま、なんだかんだ言って殿は私のこと大好きだから、死なせないもんねー?」

「五月蝿いな阿呆、見ての通り俺は忙しい邪魔しに来たのか?」

そこでやっと三成が書簡を置き、仏頂面でくるりとゆにの方を向いた。

やっとこっち向いた、と無邪気にはしゃぐゆにの手に赤く美しい花があるのが三成の目に入った。

「なんだ、椿か?」

「そう。幸村を城下町出るまで護衛した帰り道に見つけたら摘んできたの綺麗でしょ」

摘んだ、というがゆにの手振りと椿の様子からみるに、ぽっきりと枝を手折ってきたのであろう。

「貴様の場合護衛と言うより逆に、幸村に子守りしてもらったんだろ楽しかったか? …まぁ、綺麗だな」

少々不満そうに三成はゆにに投げかけるが、手折ってきた椿を整えている彼女はそれに気づきはしなかった。

「子守りは言い過ぎだけど、うーむ、楽しかったよ」

盆栽に使う鉢のようなものに椿をいけたゆにが得意そうに三成を見て微笑んだ。

「今度来る時は、手紙を届けるだけじゃなくてゆっくりしたいですって幸村言ってたよ。またお土産いっぱい持ってきてくれるって!」

ゆには、今回持ってきてくれたなんとかっていうお魚美味しかったよね、とのんきに舌なめずりをしながら三成の正面にそっと腰を下ろした。

「幸村はお前のこと随分気に入っているからな」

「それは嬉しいね、私も幸村のこと好きだよ」

ぴくり、と三成の眉が動いたのにゆには気づいたかどうか。

「ほぅ? なるほど、お前はああいう男が好みか。」

「ん、別にそうは言ってないけどね? けど幸村優しいしかっこいいし強いし凄いよね 」

殿もいい友達持ちましたね、と笑いかけるゆにだが、どんどん三成の機嫌は悪くなっている。

「そんなに惚れ込んでいるならば幸村の所に仕えればよかろうに」

眉間に深く皺を寄せ、再び書簡を手にしようとした三成だったが、それはゆにの高らかな笑いによって阻まれた。

「…何が可笑しい」

「何がって、だって、殿ヤキモチやいたんでしょ?」

「誰がそんなもの焼くかやっぱり馬鹿か」

「素直じゃないよね、うちの殿は。」

これじゃ左近も苦労するわけだ、とゆには眉を下げる。

「言いたいことがあるならはっきり言えば良かろう。回りくどいぞ。」

「そっくりそのままお返しするよ、殿。」

「俺が貴様に言いたいことなどない」

「ふむ、では私から。どうしてそんなに不機嫌なの、その眉間の皺は?」

「いつものことだ」

ぶっきらぼうに返しゆにから顔を背けようとする三成の頬を、彼女は両の掌でおさえた。

主に対して無礼だぞ、と三成は悪態を吐くが、ゆにはいつものことだ、と悪戯っぽく舌を出した。

「心配しなくてもいいよ、幸村のことは友として、一人の武人として好きだけど、殿へのそれとは違う。」

「誰も心配などしていない」

あまりに強情な三成にゆには内心溜息をついた。

私の惚れ込んだこの主にどうすればそれが伝わるのか、そしてどうすればそれを彼が認めてくれるのか、と。

ある程度長い間傍に仕えてきたゆにであっても、こうなってしまった三成の扱いは苦手だった。

軽くあしらったり、茶化したりすることは容易くとも、気持ちを伝えるというのは難しいものだ。
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