一撃男

□おとまり
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※ガロウが道場にいるし、ジェノスとサイタマも一緒に居る都合の良い時間軸※




































「ガロウくんちょっと手伝って下さいッ!!!!!!」


と、必死こいて俺を呼び止める汗だくのこいつが頼み込んでくる用件は大体いつも同じ。








「卵いっぱい手に入りましたね、有難うございます」
「・・・・フン」
「お礼にギャリギャリくんプレゼントしましょうか」
「それいつになっても終わらねえ奴だろ」



道場への階段を上る度にガサガサと、卵を入れた袋が音を立てる。斜め後ろでこちらを見上げて幸子は「ですよねー」と苦笑した。

こいつは極端に運がついていて、良くも悪くも何かに巻き込まれることが多い。その運が働いているのかはわからないが、あたりのついているアイスばかりを当てるものだから、いつまで経ってもアイスのループから外れることがない。暑い季節ではあるが、いい加減飽きてきた。




「おひとり様〇個〜系の時に一人で居る時の絶望ったらないですよ。ガロウくん本当にありがとうございました」
「そうかよ」


適当に話を返している内に最上段へとつく。
後ろから数歩遅れてついてくる幸子を見下ろすと、少々息が上がってはいるがバテてはいないようだ。ガキのくせにここの階段を一丁前に登りきる所は評価に値する。



「今夜は何にしましょうかねー」
「なんでもいい」
「なんでもいいが一番困る奴なんですよ!!」




最初こいつと道場で出くわした時は、すぐにへばって来なくなるだろうと踏んでいたが。意外なことに続いていて、尚且つ不満もなく通いつめている。

当然と言えば当然だが、こいつはまだジジイから何も教わっていない。当面は体力作りと基本的な型の練習のみ。身体が出来上がっていない状態で流水岩砕拳なんぞ習いたいと舐めた口を叩こうものなら追い出している所だった。


「まずは体力作りから始める。
流水岩砕拳を教えるのは当分先になるが・・それでもいいかね?」
「はい!先生もまずは基本が大事だって言ってましたから!!」


素直、というのはこいつのようなことを言うのだろう。純粋に強くなりたいと言う気持ちでいる幸子に、ジジイも嬉しそうに新しく増えた門下生を迎え入れていた。



(『先生』ねぇ・・・・・・)


あとから聞いた話だが幸子の言う『先生』とは学校にいるような『先生』ではなく、本来の師のような存在らしい。ならそいつに習えばいいとも思ったが「でたらめすぎて習う所じゃないんです。とっても強くて・・おこがましいですけど、憧れなんです」と、一種の諦めのようなものを持ちながらも得意げに語る姿を今でも覚えている。純粋であるが故に、暗に一番の師ではないと言われたジジイは少しへこんでいた。


そんな奴がここで夜まで何をしているのかと言うと、


「皆さん今日はもう帰ったんですか?」
「世の中盆入りだぞ。今日は半日だ」
「ありゃ・・・忘れてました・・」


簡単に言えば飯炊き係だ。






ジジイは休日の鍛錬なら夕方には帰っていいと言っていたが、こいつの家に人が居ない時は夜まで居座る。そのついでに門下生共の飯炊きをしてるお節介焼きは、今日が何の日なのかも忘れて道場へやってきたわけだ。




「・・ガロウくんは、帰らないんですか?」
「逆に聞くがお前は帰らねえのか」
「あははー・・今日は・・遅いって言ってたので」



広い道場で二人。

幸子の作った飯を食う。



さっきまで明るかった道場の外は少しずつ暗くなり、あれだけ煩かったセミの鳴き声もなりを潜めていた。



「・・・・・・・・・」
「まずかったです?」
「別に」


まずくはない。むしろこいつは小学生のくせにしっかりした料理を作る。

俺の表情が今どんなものかはわからなかったが、そう聞かれるくらいには悪かったのだろう。そっけなく返せば安心したように笑う。


「そういえば・・バングさんもいないですね」
「協会に行ってる」
「ああ、だから二人も遅いのか・・・」


独り言を呟く幸子の言う二人とは、家族ではない。同居人であり、ジジイと同じヒーローだった。こんなガキ一人にしてどんな親かと思いきや、野郎二人ってんだから世も末だ。


「お前実家とか帰らねえのかよ」
「実家・・・は、必要な時に帰ってます」
「帰る必要があるのなんて盆と正月くらいだろうが」
「・・・・・・すみません」


誰も彼もが帰る場所へと帰省するこの時期に。
こんな場所で俺と二人飯を食っている。
帰る場所があるはずなのに帰れないとは皮肉なもんだ。


あまり言いたくないのか幸子はそれ以降口を閉ざす。
問いただしたい訳でもないので、俺もそれ以上聞くことはなかった。

























「・・・・・・・・・あれ、布団?
ガロウくんここにお泊りですか?」
「お前もだ」
「ほ」


呆然とする幸子の目の前にもう一つ布団を無造作に敷くと、訳がわからないと言った様子で冷や汗をかいていた。


「ん」
「ん?・・・・・ああー、なるほど」


そいつの目の前にジジイからの『今夜は帰れそうにないのう(;_;)/~~~』と泣き顔の顔文字付きのメールを見せると、納得したようだった。



「どうせ帰っても一人ならここに泊まってけ。お前ん所の奴にもジジイが連絡してる」
「有難うございます・・帰るのちょっと怖かったんですよ」


そりゃそうだ。
こいつは怪人やら事件に巻き込まれやすい。
今夜もこのまま帰していたら、無事に家にたどり着いていたかも怪しい。
幸子はほっとした様子で、俺が無造作に床に投げ敷いた布団を整え始めた。


「それ終わったら風呂入ってこい」
「先輩差し置いて一番風呂入れませんよ」
「こういう時だけ先輩扱いすんな」


いつもは「ガロウくん」と馴れ馴れしく呼んでいるくせに、今晩厄介になることがわかってから妙にしおらしい。それにこいつは一度決めると折れない頑固な所もあって、今のような状況はかなり面倒くさい。恐らく俺が先に入るまで退かないつもりだろう。


「〜〜わーったから、大人しくしてろよ」
「はい、いってらっしゃ






ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
「!?!?!?」


大人しくしてろと言ったばかリだというのに、さっそく奴は問題を起こした。
振り払う暇もなく首元に飛んでしがみついてきやがった。




「ガガガガガガガガロウくんッ!!!!!!!ゴゴゴゴゴゴゴ・・・・ごぉっ!!!!!!」
「・・・なんでいきなりバグってんだお前は・・!!!何が言いてえッ」
「ご!ご!ごきぶりぃ!!!!!!!!!」
「あ゛ァ!?」


震える手で指を指した方向を見ると――確かに奴の言う通り黒い塊、否ゴキブリが触覚を揺らして布団の傍へと走り寄ってきていた。


「――――チッ」


ゴキブリの這った布団なんぞ使いたくもねぇ。
それに何より俺にしがみついてアホみてえに「ごきぶりぃいい」と繰り返すこいつがうるせえ。

俺は幸子をしがみつかせたまま、近くにあった新聞紙を丸めてゴキブリを排除した。





















「で、




なんでこんなことなってんだッ!さっきぶっ倒してやっただろうが!!!」

「1匹いたら30匹いるっていうじゃないですかぁああ・・・!あんなとこに一人にしないでください!!!」
「ふざけんな!なら俺が先に上がるッ」
「まってええええお風呂とかゴキブリ出現率No1ですよおおおおおお」
「ッわかったから静かにしろ・・・!」



何故こうなった。



湯銭につかりながらぎゃんぎゃん喚く幸子を黙らせ、湯を被る。
第三者からしてみればこの光景は異常だが、今の頭のない会話で全て察せるだろう。

あれから幸子は俺が先に入ろうが、自分が後に入ろうが、あの場に一人待たされるのが嫌でなんと浴場にまでついてきた。全力で拒否したが先程のようによく通る声で喚き立てられたので、致し方なく風呂を共にしていた。

さっさとこのトチ狂った空間から出てしまいたいが、こいつは先に上がるのも上がられるのも嫌だという。

終いには「小学生如きに何を恥ずかしがってるんですか!!!」と挑発なのか何なのかわからない返しを受けて、反論するのも面倒になった。



「ガロウくん・・・えっと、ごめんなさい。
お詫びに背中流しましょうか?」
「・・・・・・いい」
「恥ずかしがってます?大丈夫ですよ、みませんから」
「誰がだちんちくりん。お前はその虫如きにみっともねえ姿を曝した自分を恥じろ」
「耳と心が痛い」


見ませんから。と目に当てていた手を耳に持っていき、情けない顔をする。どうして俺が見られる方を気にするのか。少し自分の立場も理解した方がいい。尤も小学生には無理な話か。


「・・・・・・・・お前、ちゃんと肩まで浸かったか」
「浸かってるなうですよ」
「ならあがるぞ」
「ガロウくんが浸かってないですよ。お風呂入った方が疲れ取れますよ」
「・・・・・・・・・・」
「みませんから」


俺が黙っているとまた目に手をあてて動かなくなる。これは俺が湯に浸かるまでこのままだろう。こいつ実はこうすれば俺が動かざるを得ないと、わかっててやってるんじゃないかと常々思う。

最早この疲れは頑固なお前のせいだと言ってやりたい気持ちを押さえながら、幸子の隣に腰を落ち着けた。



「ガロウくん」
「おい見ねえんじゃなかったのか」
「お隣なら大丈夫かと思って」
「こいつ・・・・」


俺が湯船に入ったことを確認した奴は、あろうことか押さえていた手を下して俺の顔を見上げてきた。幸子の感覚としては、湯船に向かうこちらに真正面を向ける形になる間は目を瞑っておいてやろうとかそういうことだったんだろう。あからさまに下を見ようとせず俺の顔を見上げているのが微妙な気遣い過ぎて舌打ちをする。

幸子はそんな俺とは対照的に、心底嬉しそうな顔で笑った。



「ありがとうございます」
「あァ?ゴキブリのことか?」
「いえ、今日の事全部です」
「・・・・・・・。」


ちゃぷん、と。

幸子が身動ぎをした拍子に水音が鳴る。


「お盆、嫌いなんです。
お正月は二人とも家に居てくれるんですけど・・・お盆の時はどうしても皆帰ってしまったり、こうやってお仕事にいってしまうから。

お盆のこと忘れてたなんて嘘です。あわよくば誰かいてくれたらな・・って、思ってたんです」
「・・・・・・・・・・・。」


「すみません」と、申し訳なさそうに俯く。
白い項が髪の間から見えるくらいに、下を向く幸子にかける言葉を見つける気にもならずに沈黙していると――ふるふると頭を振って俺を見上げた。



「だから――今日ガロウくんに会えてよかった」


そういって笑う幸子は、珍しく年相応に見えた。


それから思い出したように「・・・っです!」と付け加えたのが何だかあほらしくて。
「馬鹿かお前」と悪態が口をついたのと同時に、その小さい頭をぐしゃぐしゃと撫で繰り回してやった。

















おとまり

















「・・・・・・・ガロウくん、寝ました?」
「寝た」
「じゃあ、そのまま寝ててください」


「・・・・・・・・・・・・・ッてお前何してんだ!」

「寝てる人は起きちゃダメです」


「おま、布団あるだろうが・・っ何のために二つ敷いたと思ってる」
「・・おちつかないんです。ガロウくんとくっついてたら多分、平気だから・・・・だから一緒に居させてください」



「・・・・・お前、」







「ゴキブリ怖いです」
「いい加減にしろよてめえ!!!!」




















「珍しいのぅガロウ。バルサンなんぞ買ってきてどうした」
「・・・・・うるせえ、この道場ゴキブリ居すぎなんだよ・・・・ッ」
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