学パロ

□借り物競争、何するものぞ
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「よーい!」




パァン






簡素な音が響き渡ると同時に走り出す走者。
勢いよく踏み出したのか、スタートラインに数秒遅れて土煙がやってくる。


目にもとまらぬ速さとはこれのことか。
高校男児の平均のそれを超えた速度の影が視界をかすめていく。


一瞬「黒いな」とその影を視認した頃には、その影の主は早々と借り物競争のお題の紙の封を解き、興味なさげに眺めていた。他の走者がお題を確認されてから改めてスタートの号令があるというのに。負ける姿は想像できないが、勝ちをもぎ取りに行く必死さを見せる姿も想像できないので、思わず目を見張る。


足の速さもそこそこ物を言うだろうが、この競技は出題された内容、運で左右される。
運動が苦手な生徒でも身体能力の高い存在に、足の速さ以外で一矢報いることが可能な競技だ。


何が起こるかわからないという点では、純粋な競い合いよりドタバタしている様を楽しむ傾向にある。




―――そんな一種の見世物のような競技に珍しい生徒がいたものだから、他の生徒が居ながらも、つい目をとめてしまった。



蜃気楼が浮かびかけるような暑さの中で、ことさら「暑い」に拍車をかけるような長い黒髪。
真昼の太陽に照らしつけられた白い土が嫌に眩しい中でも、いや、だからこそか。その黒髪と長身はよく目立った。




・・・やる気があるのではなく、単純に暑いのだと思う。流石に動くとなると邪魔なのか一本結びにしていた。










「くじにでも負けたかな」




自分から志願するとは思えないので『借り物競争』と書かれた紙を無言で見下ろす様を想像した所。



「所がどっこい、ルッチの野郎・・むしろ乗り気だったぞ」




隣のスパンダムが苦虫を噛みつぶしたような顔でぼやく。ルッチの話になると大抵嫌そうな顔をするこの男だが、経験則からろくでもないことが起こると確信しているので馬鹿にはできない。



「え」



意外にも乗り気だった、という意外過ぎる事実からして嫌な予感がしてくる。

じわじわと這い寄るその嫌な予感、いや悪寒は、先ほどまで想像の中に存在していた『競技のくじで借り物競争を引いてしまった哀愁漂う背中を見せるルッチ』が『借り物競争のくじを握り潰して不敵に笑う恐ろしいルッチ』に変えていく。







「・・・・・・・・・・何が目的なんだ」
「それがわかったら苦労しねえ―――と言いてぇ所だが、こんな競技にマジになるってこたぁ十中八九俺かお前への嫌がらせだろ」







わあわあと歓声が上がる。生徒達の応援と、上から降ってくる陽の光とで熱気に包まれる校庭を。

テントの下で他人事の姿勢を貫き、涼しげに楽観ししていた自分のこめかみを汗が伝っていく。




「―――」



この嫌な温度差に、暑いのか寒いのかわからなくなる感覚に侵されているのはスパンダムも同じだろう。


すべての走者がお題の書かれた紙の元に集結する。ルッチは既に内容を把握済み。後から来た走者達も内容を確認中だ。



――もうすぐ、借り物を探しに向かう為の二度目の火蓋が切って落とされる。




スタート係がピストルを上に向け始めるのと同時に、静かに席を立つ。まるで誰かに気づかれては都合が悪いような慎重さで立ち上がると、隣のスパンダムがようやく気付いたのか「あ」と声をあげた。できればそのままスパンダムにも気付かれたくなかったが致し方ない。もう後ろは見るものか。






「花摘んでくるッ―――!!!」
「待てェーーーいッッ!!なんでこのタイミングで便所ォ!??空気読め!!いくな!!俺と一緒に地獄を見届けろ!!!」
「地獄て・・・」





声は既に遠く後ろ。お世辞にも身体能力が宜しくないスパンダムでは追いつけまい。後ろは振り向かないが、目を離してはいけない地獄に目をやると―――



「―――――」




顔の向きはそのままに。視線だけをこちらに寄越し、酷く楽しそうに口角を吊り上げるルッチがいた。





「、、、、、、、、。」



その口は何かを象り、獰猛な犬歯を覗かせた。


















いま そこに いくぞ









「―――――――ひ」




パァン


こちらとしても、それが合図だった。



あの無駄に色気のある厚い唇が何を紡いだのかなど知りたくもない。――思いながら、半ば何を言っているのか理解してしまう自分が憎い。



恐怖から震えて崩れ落ちそうな足を叱咤しながら走る。本当はゴールから正反対の方に全力疾走したい所だが、あくまでこれはお手洗いに向かう体で行われる戦略的撤退である。校舎へと走る振りをしながら、今もルッチが迫ってきているかもしれない被害妄想を振り切るようにひたすらに走る。






否――






『おぉ〜っとどうしたことだァ!?紅組ルッチ選手、ナデシコ先生に肉薄ッッ!!一体お題はなんだったのかァーーーーーッッ!!』
「!?」


被害妄想のままであってほしかった恐怖は現実となり、己が背後へと到達しようとしていた。



「まじでか・・・・ッ」



よせばいいものを、ルッチと自分との距離にどの程度の余裕があるのか、少しでも希望に縋りたくて振り向く――と。





「ハ、」




嘲笑一つ。



殺意すら帯びているのではないか。そう錯覚、いや確信してしまう程の鬼気迫る速さですぐ後ろへとルッチが迫っていた。
その嘲笑は鼻で笑ってくれていればまだよかったものを、先ほど自分を捉えたあの不敵且つ凶悪な笑みを携えながらまっすぐこちらに向かってくる。恐怖は背後、いや目前へと届きつつある。



「ウワ゛アアア゛アアァ゛アア゛ァーーーーッッッ!!
誰か助けてェェェ!!怖いよおぉお!!!

ァ゛――――!!!」


『ナデシコ先生、汚い高音を上げ泣き叫びながら全力疾走!ルッチ選手を振り切れるかァーッ!!』


キィンと、ハウリングを起こす勢いの声が会場に木霊する。機材を叫ばせたのは自分の声か、ボルテージが頂点に達しようとしている実況の声のせいなのか。

突如として実況の対象にされ、考えたくはなかったが全教師、全校生徒の注目の的――否晒しものにされている現実が叩きつけられる。





違う、私は教師として、生徒達がドタバタ四苦八苦しながらも借り物競争に奮闘する姿をテントの下でほほえまし気に見ている予定だったのに。



何故、肉食獣が如き獰猛さで追いつめてくる生徒に退路を断たれ、グラウンドを疾走しているのか。




「頑張れよォナデシコ先生〜〜〜!ルッチに食われちまうぞー!!」
「そうじゃー!!!まだまだ若いって所見せつけるチャンスじゃぞー!」




実況が嫌に盛り上げようとしてくるせいで、冷やかしすら飛んでくる。聞き覚えしかない声と酷い言い草に、後ろのルッチに踵を返せるのなら声の主の元に殴り込みにいってる所だ。



「いやこれ借り物競争だよね!?!?
仮に借り人のお題だったとしてもこれもう違うでしょ!!!実況!!ふざけんなァ!!」

『解説のスパンダムさん、いかがでしょう?』

『まだ叫べてる内は余裕があるだろうが、ルッチが速すぎる。ありゃもう駄目だな。俺様と大人しく観戦してりゃあ、ここまで晒し者にならずに済んだのによォ!

ざまみろブァーーカ!!』



「スパンダム覚えてろよぉぉおおおおおお」



いけしゃあしゃあと解説として実況席の隣にどっかり座るスパンダム。
ルッチの標的が自分からナデシコに移ったことで余裕綽々と言ったところか。
至極楽しそうにこちらを煽ってくる声がキンキンやかましい音と共にスピーカーから繰り出される。五月に蠅と書く方の五月蠅い。




「自分からゴール近くに向かうとは、お膳立てご苦労、といった所か」
「――――ぅ、わ!」




限界も近く、切羽詰まるこちらとは真逆の涼し気な声。
腰に衝撃。次いで、ぐんッと視界が跳ね上がり、浮遊感。






『ルッチ選手ついにナデシコ先生を確保ーーーーーーーーーーーッ!!!』


カンカンカン!!!!








果たしてゴングは体育祭に必要なのか。





疲れ果て、諦めた思考はそんな些末なことに巡らされる。
鳴り響くゴングの音と共に、ルッチに捕まった事実を嫌でも叩きつけてくる実況の声が上がった。
好機の色を含んだざわめきで会場は一層盛り上がる。こんな盛況は望んでいない。


準備運動もなく長時間走らされた身体は、妙に落ち着きのある腕の中で為すが儘にされていた。



景色が早い。快適、と言ってやらんでもない軽快さで走るルッチのおかげなのか、抱きかかえられていても負担はない。
あれだけ晒し物にされて今更何を恥に思おうか。正直もう動きたくもないので大人しくルッチの腕に身体を委ねることにした。


パシュッ



そうこうしている内に、ゴールテープの白が視界を覆う。




『ゴォ――――――――ルッッ!!堂々の1位!狙った獲物は必ず仕留める、他の追随を許さないのがこの男ッ!ロブ・ルッチだァーーー!!!あれだけの走駆を見せつけながら、まるで勝って当たり前と言わんばかりの息一つ乱れぬクールな佇まい!

―――そしてその腕に抱えられるナデシコ先生!あれだけ必死に逃げ回っていたにも関わらず、今はその影もなく消沈しているッ!年甲斐もなく全力疾走を強いられたご感想は!?』




本来であれば勝利を収めた選手へと、感想をねだる為に向けられるマイクが目の前に。
ゴール付近に配置されている放送係の生徒が、ご丁寧に実況の意をくみ取り、1位の座を欲しいがままにしたルッチではなく、疲労困憊のこちらに向けてくる。





「あとで覚えてろ・・・・・・・・」




呪詛の如き低い唸りが会場に響き渡った。













「足がくがくする・・・」
「だから抱えてやってんだろうが」
「誰のせいだと思ってんだ!!!!」
「逃げ出した自分の自意識過剰さを呪え。捕まえてくれと言ってるようなもんだ」

「カァ゛――――――ッ!大体ね!お題なんなの!」



お題の紙を担当係に渡しに行く道すがら、未だルッチに抱えられたままのナデシコは少しずつ怒りが戻ってきたのか、諸悪の根源であるルッチに食ってかかる。



「・・・・・」
「確認させてもらいますねー」



その疑問にルッチが素直に答える訳もなく。器用にナデシコを抱えたまま、無言で紙を担当係へと渡す。





「あー・・・」



内容を確認した相手は少々苦い顔をしながらナデシコを一瞥すると、苦笑しながら「ま、まずまず、OKです」と絞り出したような声で返す。「まずまず」とは。反応からしてギリギリラインではないか。
ルッチの無言の圧力で押し通しただけで、きっと自分はお題に反する献上品だったのかもしれない。




「こら、脅さないの」
「至極素直に答えただけだが」
「素直て・・・」



この男から最も縁遠い言葉なのではないかと、今しがた「素直」と聞いた耳を疑いたくなる。




「ちょっ・・ちょっと、もういいよ。どこまで抱っこするの」
「このあと昼休憩だろ」
「このまま昼休憩に行けるか!!!」




降りようとする試みは許されず、むしろ降ろす気がない意を知らしめるように抱え直される。

すれ違う生徒達が「「ヒューヒュー」」とへたくそな口笛を吹いていくものだから、今更ながら自分が置かれている状況を自覚し始めてしまい、抑えきれない羞恥に早くも現実逃避がしたい所。


手始めにこの、所謂お姫様抱っこから解放されたいのだが・・――勝利を収めた暴君は、敗者に口なしと言わんばかりの強引さで歩みを進めていく。





「ああ、そうだ」





ふと、思い出したかのような台詞と共にルッチの足が止まる。ようやく解放してくれる気になったかと安堵のため息をつく間もなく、ナデシコはそのまま息をのんだ。



いつの間にか人気のない場所まで連れてこられたのか、会場の喧騒が随分と遠くに聞こえる。
さーーっと。顔から血の気が引いていく。

見事なまでの二人きりに、ひくりと。面白くも楽しくもないのに口角は上がる。
人は追いつめられると笑うそうだ。なんて他人事の言葉が頭をよぎった。





「あとで覚えてろ・・・と言っていたが。

さあ、どうしてくれるんだナデシコ先生――?」





獲物を完全に捕らえた肉食獣は、希望が断たれた笑みを浮かべる捕食対象とは反対に、至極楽しそうに笑っていた。










「おいそこの。ルッチの借り物のアレ、何書かれてたんだァ?」
「ああ、スパンダム先生・・・。貴方も大概ですけど、ナデシコ先生にはもっと同情しますよ」
「ハァ!?ナデシコはともかく俺は余計なお世話だっつーの!いーから見せろ・・・・・・・・・・・・って、んだ、」













『好きな食べ物』














「」



「・・・・・ね?」






「これ借り物のお題に出すにはハードすぎじゃねえか?物は物でも食べ物ってオイ。弁当持ってくしかねえだろ」
「そっち!?」





(あいつなら何出題されても適当な理由つけて連れ出してただろ)








スパンダムは以前借り物競争でルッチに酷い目に遭わされてるので警戒してた。
実況はデービーバックファイトの実況の人のイメージでやりました。

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