学パロ

□忘れられないバレンタインデー
1ページ/2ページ










これは全員に当てはまることではないのだが。



自分が見てきた限り、授業に意欲的な生徒は少数で、一般的な学生は強いられる勉学を煩わしく感じているものだと思っていた。

「勉強ができる」のと「勉強が好き」はイコールではないので、そこも含めるとまたややこしくはなりそうだが―――とにかく、受験生ならばともかく、遊びたい盛りの彼等は、日々「学校めんどくさい」「授業早く終わんないかな」「またテストだよ」と愚痴を零しながら勉学にはげまされている。「勉強させられている」感が否めないこの悲しい感覚は自分も覚えがあるので、生徒達の気持ちは重々理解しているつもりではいる。

今更ながらどうかと思うが、これは勉学だの教育だのを論する切り出しではないことを告げておく。


ならば何故こんな昨今の生徒達のあれこれを語ったかというと。


今日程彼等の脳、ひいては思考回路がフル稼働させられていることはないだろうなと感心させられていたからだった。






「・・バレンタインデーか。もうそんな時期か」


この学校は漫画に出てくるような風紀にうるさ、――厳しい風紀委員はいない為、比較的緩い制度の中、今日の日は迎えられていた。教師陣も密かに楽しみにしているせいか、学業に不必要なものだと理解していながらチョコを没収しようとする動きを見せる勢力は皆無だ。生徒達は安心してチョコを持ち込んでいる事だろう。
故に、仄かに甘い香りがするのは気のせいではない。その上、今から誰かに渡す、或いはチョコを貰う予定でもあるのか、そわそわとした生徒達の空気を嫌でも感じ、チョコとは別の甘酸っぱい香りにのまれて此方も気恥ずかしくなる。
しかし、一見幸せ一色に染まる廊下ではあるが、その水面下では見えない戦いが既に常時展開されているのである。

いかに相手好みのチョコを作れるか。(ないし購入)そして使う材料、ラッピングまでも拘り尽くし、自分に振り向いて貰えるようアピールは勿論、あらゆる状況下での告白やシチュエーションをシミュレーション、打算計算を繰り返し尽くした女子。そりゃもうデパートの地下も揺れただろう。

そして――――もしかしたらちょっと気になっているあの子からチョコ貰えんじゃねと一縷の望みをかけ、さり気なくアピールを続けてきた男子と、最早義理でも構わない、チョコを貰えぬ惨めな男に成り下がるくらいであれば、恥を忍ばずギブミーチョコレートを繰り返してきた強靭メンタルの男子。教室はダンスフロアになるのかチョコ乞食による阿鼻叫喚となるか。

対決の日は来た。男女ともに今日の日を迎えるまでに最善を尽くしたのだろうと思うと――――彼等の努力を認めつつも、ほんの少しその熱意を勉強に向けてくれたらなーと思わずにいられない自分にナデシコは少々自己嫌悪を覚えた。今日くらいは好きにさせてやりたい、とか胸を張って言えないものか。と。

それもこれもわざと赤点を取っていく困った生徒が原因なのだが―――。


「いかんいかん・・・」


悩みの種とは言え、頭の中にあのふてぶてしい顔が四六時中浮かんでしまうのは勘弁願いたい。


「ぐぁあああギャサリン・・ッ!!!何故ルッチなんだぁあ」


勘弁願いたいと言った矢先にこれか。

苦い顔を隠し切れず振り向くと、今しがたすれ違ったばかりの生徒が泣き崩れている。恐らく前日まで必死に努力していた勢とは違い、なんとか義理であろうとチョコをもぎ取ろうと必死に今この時まで足掻いた猛者なのだろう。振られただけでは飽き足らず、自分とは違う意中の相手すらも告げられたとは。察するに余りある。


「・・・ジャブラ」

無念の涙で廊下に川を作ろうとしているジャブラの肩にそっと手を置く。


「ハッ・・・・!ナデシコ・・・」
「先生をつけろよデコ助野郎」


こいつは。

ナデシコは額に手を当てる。
ちょっと優しくしようとした自分が馬鹿馬鹿しくなる爽快さで呼び捨てにするジャブラを前に大きなため息を吐く。ルッチとはまた違ったふてぶてしさというか不遜さというか。何にせよフランクを通り越して礼を失しているのは確かだ。言った所で改める気もないのが余計に腹立たしい。しかし、今はその腹立たしさは一旦しまっておくことにする。


「ッんだよ・・・くだらねえ慰めはいらねえぞ・・ッ」
「―――――・・・・しょうがないな、ほら。これあげる」
「え・・・・あんた、まさか」


まるで、絶望の闇の中で一筋の光を見出したかのような、そんな希望に満ちた瞳で此方を見上げるジャブラ。
縋る思いでいるのだろう。動揺故か、歓喜故か。震えるジャブラの肩を支えながら、安心させるように微笑む。ゆっくりと、手に持っていた物を差し出した。


「おい・・・・なんだこれ」


と。差し出されたものを見て素っ頓狂な声を上げるので。


「雑巾ですよ」


ナデシコは仕返しですよと言わんばかりの軽快さで応えた。


「んなのわかってんだよ!!普通ここは傷心まっ只中の俺を慰める為のチョコだ狼牙!?なんで雑巾なんだよ!」
「ジャブラの涙で廊下が濡れて皆が滑って転んだら危ないからちゃんと拭きなさいねってそういう」
「鬼かテメーは!!!!!!!!」


塩を塗り込むような荒療治ではあるが、吠える程度の元気はあるようだ。本気で傷心していようものならもう少し配慮はするが、ジャブラの抜け目ない狡賢さを忘れてはいけない。あからさまに「俺は傷ついてます」アピールをすることにより、憐みをもってチョコを恵んでもらえないかと。恐らくこの一連の流れはそこまで計算し尽くされている。転んでもただは起きぬその不屈の精神は讃えるべきだろうが、お前のプライドは一体どこにあるのかと本当に憐んでしまいそうになるのが彼の力量を物語っている。

そんな賢しい真似をする生徒に廊下のど真ん中を占拠され涙の川を流し続けられても困る。


「自分の出したものの処理もできない男にチョコを恵む女子はいないよ」
「誤解しか生まない言い方すんなァ!!!!!」


ギャンギャン吠え散らかす余裕の出てきたジャブラに雑巾を押し付け、その場を後にした。



「はーーーーーーーー・・・・・」


隠しもしない盛大なため息を一つ。

我が物顔で年間行事のように組み込まれているバレンタインデーに、良くも悪くも浮ついた校内。
甘酸っぱさを隠れ蓑に泥沼のような戦いが展開されていようと、人は、これを青春と呼ぶのだろう。












「なーにが青春だぶわァーーーーッカじゃねえの!?!?!?!」



前言撤回。


職員室中に炸裂した悪態を前に、こういう人種もいたのだと、配慮の欠けていた偏見的思考を改める。


「今現在チョコ一個も貰えてないからって僻みは見苦しいですよスパンダム先生」
「何ィ゛!?!?」

現実の自分の口から出た言葉は配慮の「は」の字もない無神経なものだったが。
次いで、そんなだからチョコ貰えないんだぞと指摘してくれるような人もいなかったんですねと悪態すらつきそうだったので噤んだ。

ギロリと音でもしそうな勢いで睨み付けてくるスパンダムを余所に、採点したばかりのテスト用紙を纏め、トントンと何度か机に落として束を整える。ああ、今回もあいつは赤点だった。しなくてもいい補習に時間を割かねばならないのかと思うと頭痛が痛い。スパンダムに言及していながらも、頭は既に悩める種の処理にかかっている。残念ながらバレンタインデー所ではないのだ。


「今の所はうちのクラスではトラファルガーが優勝候補です」
「去年はキッド君だったな」
「地味にキラー君も人気あるんだよね」


スパンダムの相手をするのはナデシコだと相場が決まってしまった職員室では、既に話題は別のものに切り変わり、自クラスの男子生徒のチョコ取得総数について盛り上がっていた。同じくして自分の嘆きを嫌々ながらも相手にしてくれるのはナデシコだと自覚しているスパンダムは、舌打ち一つして「んなモンルッチが総ナメに決まってんだろうが・・」とぼやいていた。嫌がっている割には・・いや、ルッチの実力を嫌でも知っているからこその発言だろう。贔屓というか、ある意味なんだかんだと好きなんじゃないかと口走りそうになるが、結果は火を見るよりも明らかなので自粛する。


「ったくルッチの奴・・・朝の時点で紙袋三つ分はあったぞ。良いご身分だな」
「下駄箱やロッカーが破裂しそうな程の量を貰って・・その後どうするのかな。真面目に食べてるイメージがつかない」


ジャブラにでも恵んでやるのかな。と考えた所でナデシコは苦笑する。それはそれで戦いの火蓋が切って落とされるだけのような気がしてならない。
あの二人の間柄を見るに、お互い無駄に喧嘩を吹っ掛けていきそうではあるので十分あり得る未来ではあるのだが。


「「『顔』だけはいいからなーー・・・・」」


自分にとっては問題児でしかないルッチだが、容姿共にスペックに恵まれているのでモテない訳がない。
顔面偏差値が問われる世知辛い世の中で、天は理不尽にも奴に二物も三物も奴に与えてしまったのだ。
しかし常日頃仏頂面で何を考えてるかわからない男に面と向かってチョコを渡せる女子は数少なく、彼宛のチョコは大抵下駄箱やロッカーにすし詰めにされているのが現状だ。もしかしたら自分のチョコが最初に食べられるんじゃないかと、あわよくばホワイトデーにお返しという名の接点を持てるのではないかと。淡い期待と祈るように込めた恋心と共に蓄積されたチョコが今年は紙袋三つ分とのことだ。義理でもなんでもいいからチョコをくれというスタイルを貫いていたジャブラから見れば、当たり前のようにチョコが約束されているルッチはさぞかし憎たらしく映るのだろう。


そして、ここにも一人。


「ルッチの野郎〜〜〜〜〜・・!「俺はこんなもんに興味ねえ」みてえなツラで済ましやがって・・!」
「・・・・・・。」


どのクラスの誰それが人気だなんだと盛り上がっている教師達は、既に生徒や奥さん等からチョコを貰えた人達なのだろう。他人のことであんなに楽しく盛り上がれるのは、チョコを貰ったという余裕と幸福感があるからだ。そしてここで一人唸り続けているこの男にその余裕などある訳がなく。


「・・・ジャブラが考慮すべきはほんの少しの慎ましさ、かな」


と言っても、それはどんぐりの背比べレベルの慎ましさだ。強いて言うなら、弱味の見せ方か。
単純に、このままでは今日が終わっても引きずりそうだからという保身もある。
しかし、憐みからチョコを恵んでやろうなんて失礼な気持ちを自分が抱くとは思わなかった。


「スパンダム先生、これどうぞ」
「あ゛ァ!?



―――――――え」

「ぶふ」


コロン、と。スパンダムの机の上で小さな四角い包みがいくつか転がる。さっきまで怒りの沸点がピークに達していた男が発したとは思えない間の抜けた声に、思わず吹き出すナデシコ。人は本当に驚くと面白いくらいに静かになるんだなと、くつくつ喉が震えた。


「本当は今日のおやつにしようと思ってたやつ。あげるから静かにして下さいね」
「は―――――」


ぽかんと口を開けながら、ナデシコと―――ナデシコに貰った小さなチョコを交互に見るスパンダムに、口元に人差し指を立てて「静かに」サインを送ったあと、ナデシコは午後の授業の準備へと向かった。
















「あいつ、俺の事好き過ぎだろ・・・・・・・・・・・」


ナデシコが職員室を出て暫く。

放心していたスパンダムが発したそれは自意識が過剰に働きすぎているものだった。

いつの間にかそれらしい雰囲気になっていたナデシコとスパンダムのことの行方を見守っていた教師陣はズコーッと。このご時世に、足だけ画面に映るタイプのずっこけを繰り出しそうになる勢いで崩れ落ちた。ナデシコにその意思はないとしても、やはり他人の色恋沙汰には良くも悪くも首を突っ込みたくなるのが人の性なのか。少しでもそんな気を敏感に察知し、聞き耳を立てていたのが仇となった。誰もが時間を無駄にしたことを嘆きそうになりながら「「「それはない」」」と口を閉ざしたまま断じていることを、おやつ程度のチョコレートを貰っただけで有頂天うなぎ上りのスパンダムが気付くことはなかった。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ