学パロ

□忘れられないバレンタインデー
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ほのかに橙色に染まる廊下に、腕時計を眺めるとそれなりの時間だった。流石に放課後ともなると、あれだけ浮ついていた空気は鳴りを潜めてはいる。あくまで潜めているだけで「まだ終わっていない」のだが。



今日という日が終わるまでがバレンタインデーだ。



と。遠足理論で一蹴してしまいそうになるが、事実、少しでも残された時間を有意義に過ごそうとする生徒達は多い。

だから今日くらいは勉学から解放されてもいいのではないかと、チョコに全力投球する熱意を勉学に回してほしい利己的な自分を押しのけ、生徒達の青春を良しとする教師に憧れていたのに。



「補習」
「なんでそっちからけしかけてくるかな〜〜〜〜〜」



理想の教師像を粉々にしていった目の前の長身の生徒―――我等が悩みの種、ロブ・ルッチに悪態をつく。

不遜という言葉を体現するかのような堂々たる出で立ち。無駄に長い脚に腹が立つ廊下のど真ん中に立つな塞ぐな、つきたい悪態はまだまだある。

今現在肺にあった空気を全部吐いたのではないか。誇張ではなく、ため息が外へ出ていくのに合わせて全身の力が抜けていく。出くわして早々に満身創痍のこちらを気にも留めない相手は「フン」と小さく失笑を一つ。一体何様のつもりなのか。


「この前「さっさと終わらせたい」とぼやいていただろう」
「気を遣ってやってんだぜみたいなクソデカ態度はどこからくるの?私がこうなってる原因が自分だってことおわかり?なんで補習受ける側に予定を合わせてやらなきゃならんのだおかしいだろ」


目に余りすぎるこの態度にお冠状態ではあるが、怒りとは別に断る理由はしっかりとあった。


「今から補習したらルッチの時間がなくなるからダメ」
「なんだ。珍しく俺の心配か」
「正確にはルッチに用がある子達の心配ね。今日ぐらい大人しくしてなさいよ、じゃあね」
「―――」



返事を待たずに踵を返す。足早になってしまいそうになるのを抑えて、あくまで何でもなさそうに。
ルッチは逃げると追いかけまわしてくる面倒な性質だから、本当に断りたい時はさっさと済ませてしまうに限る。



「・・・・・・・・・・。」



―――今からかなりの暴論をいくつか。

既に恋人となっている者達は夜までバレンタインデーを口実にむつみあうことが可能だろうが、そうでない者達にとって放課後とはタイムリミットに等しい時間帯だ。学校という、同じ空間に居られるこの場所が――終わりを告げる下校時間までが、意中の相手に接触できる最後のチャンスとなる。

チョコを渡す側も渡される側も。自由であるべきだと。




『――――――ッ』



―――いつかの放課後。渡せずじまいだった包みを握りしめて、悔し涙を流していた誰かが浮かぶ。

馬鹿みたいに緊張して、それでも勇気を振り絞ろうとして。たった一つの包みを渡すだけにいったいどれだけ費やしたのか。あれこれ試行錯誤して作ったそれが無駄になった時、一体どれほどの虚無感が襲うのだろうか。

終わった後は後悔ばかり。どうせ駄目だとわかっているのなら、押し付けるくらいやってのければよかったのに。と。ないものねだりが止まらない。



だから。



「・・・・・あ〜」


他人を思いやるような言葉で塗り固められた言い訳に眉根を寄せる。


下手をすると緩みそうになる涙腺を抑えるように。目元を手で覆う。むしゃくしゃした感情が内側でかき回されて、我慢できずに嘆きとなって口をつく。
どうしても。夢の終わりが近づけば近づくほど、現実がじわじわと押し寄せてくる。これならまだ、バレンタインデーに浮かれていた昼間の方がマシだ。色恋沙汰に懸命になる生徒達をほほえましく見守るだけの他人で居られた。青臭い少女のような葛藤を思い出すことなく、ただの教師で居られたからだ。


「・・・・・・――――アイスバーグさん」


青い髪が、優しい顔が、声が。脳裏に浮かぶ。
今でも、あの輝かしくも戻らない時間を鮮明に思い出せてしまう。


いつまで引きずっているのか。



何を講じようと起きた事実は覆ることなく、あの日の誰かが救われる訳でもなし。

それでも―――――あの苦しみがわかっているからこそ、同じ思いをする誰かの助けになればと。





「誰を思い出してるかは微塵も興味はねえ」
「・・・・えっ―――」


ガラッ


近くの教室の扉が開く音と共に、視界がぐんっと揺れる。結構な勢いだったが、掴まれた肩がそこまで悲鳴をあげる訳でもなく。むしろ、妙に収まりのいい感覚に反射的に抵抗することを忘れ、為すが儘にされる。


トン。

何が起こったかを理解するよりも先に、扉が閉まった。
さっきまで廊下にいたはずの自分は、どこかの空き教室に身を置いている。恐らく、あのぶっきらぼうな物言いをした声の主は、この教室に連れ込んだ犯人と同一人物だろう。後ろの誰かをわざわざ確認する必要もない。未だ肩を掴んだまま、離す気配のない大きな手に見覚えがある。


「ルッチ、」
「お前の下らない理論が通用するなら、その自由は俺にも平等に与えられるべきだ」
「何言って」


肩にあった手がするりと降りる。ようやく自由になった身体は、何を考えているのかわからない人物に物申そうと後ろを振り返った。


「へっ」


目の前に突き付けられた何か。
あまりにも眼前にあるせいで、ぼやけて何なのかわからない。かすかに甘い香りがするそれは徐々に降下していき、胸元にとすんと押し付けられた。押し付けたそれを、受け取るまで離さないと言わんばかりの大きい手は――小さな箱を持っていた。


「えっ、と・・」


見上げれば、珍しく余裕のなさそうな表情をしているルッチがこちらを見下ろしていた。といっても、その表情の差は微々たるもので、いつもの不愛想な顔は健在だ。それでも、この表情にほんの少しでも焦燥があるのだと理解できる程度には、ルッチの仏頂面を見上げるのに慣れてしまったのだろう。

ルッチの手の中にある箱へ手を伸ばすと、少しだけ気が緩んだのか――眉根に寄せられた皺が二つほど消える。


「もしかして、これ・・チョコ?」
「それ以外の何に見える」
「いや、あの・・・」


これは何なのかという問いではなく、なぜこれを自分にという疑問だった。
というかここまでの一連の流れのすべてが謎だ。ルッチの言う下らない理論とは何なのか。そして断ったにも関わらず、こうまでする理由は何なのか。


「―――――あ」


いきなりのことに唖然としてしまったが、暫くしてスパンダムの声が頭をよぎる。


『ったくルッチの奴・・・朝の時点で紙袋三つ分はあったぞ。良いご身分だな』










「チョコの処理的な――――いっひゃぁ!!?いひゃいいひゃい!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」


途中で言葉を紡ぐのを忘れた口は左右に引っ張られ歪む。両頬を容赦なく掴む相手の手に痛みを訴える声を上げるも、止める気配はなく、先ほど緩んだ眉根は再び深く皺が刻み込まれている。一体何を間違えたのか。

一つのチョコが一般的な菓子の箱と同じサイズと仮定して、それが紙袋三つ分も入っていたのなら、よほどの甘党でもなければ処理に困るだろう。日持ちするものであればいいが、一日に必要な糖分を優に超える菓子の山を、この男が処理できるのかと言われれば、答えは否だ。「処理」と表するが、この場合、ルッチに対して一生懸命チョコを作ってきた女子達の努力を軽率に扱っているつもりはない。その努力の結晶に平気で軽率な扱いをしそうなルッチの普段の行いがそうさせてしまうのである。

反応からしてチョコの処理を強要している訳ではなさそうだが。
ならばますますこのチョコの意義がわからない。


パカッ


「はぇ?」


なんと間の抜けた声を出したのか。自分でも自分が恥ずかしい。
このチョコが何の為に自分に押し付けられているのか、思考回路が稼働する間にもルッチはどんどんと事を進めていく。今の音は、自分宛(仮定)のチョコが入っている箱を開ける音だった。お前が開けんのかいと突っ込みたい衝動を抑えて、ルッチが何をしたいのかを見定めることにする。


「口開けろ」
「なんれ――――んぅ」


甘味が舌の上を走っていったせいで、甘さを感知すると共に再び間抜けな声を上げてしまい、頬から耳にかけてが熱くなる。
口の中にしっかりと収められたそれを咀嚼すると、じんわりと溶けながら心地よい甘さが広がった。


「美味いか」
「・・おい、しいです・・けど」


高圧的ではないが優しさとは程遠いその問いに思わず敬語になる。促された世辞でもなく、本当に美味しいと感じたからそう言ったつもりだが。多少は満足したようだが、まだまだ足りないようで、ルッチはまだ続きがあるような面持ちで見下ろしてくる。

不安げに見上げるナデシコへとゆっくりと両腕を伸ばす。それに伴い、ルッチの顔が少しずつ降りてきた。


「何―――」
「周りから押し付けられる好意を受け止めろと言うなら、お前も大人しく従ってもらおうか」


「・・・うわぁっ!」


その言葉が終わるか終わらないか。

腰に添えられた手がナデシコを持ち上げ、すぐ後ろにあった机に乗り上げる。勢いはあったものの、もう片方の手が後頭部にあった為、頭をぶつけることはなかった。堅い机の上に身を預けさせられ、突然のことに動揺を隠せないナデシコの反応は一歩遅れ、ルッチの両腕が、長い黒髪が、檻のように小さな体を覆っていく。

端から見れば――獲物を前にした捕食者と、皿の上に乗せられて成す術のない被食者のそれだった。


「ルッ、チ・・・」


どんな言葉をかければこの状況を覆せるのか。一回りも大きい手に自由を搦めとられた小さな手は、不安からか恐怖からか。微かに震えていた。抵抗手段を奪われた獲物は、か細く名前を呼ぶしかできないでいる。その滑稽な様が、どれ程この男を悦ばせてしまうかも知らずに。


「は―――――」


思わず零れた笑みと共に、獲物を食い破る鋭利な犬歯が覗いた。























ピンポンパンポン

『ゴルァーーーーーーーーーーーナデシコ!!!!!!
どこで油売ってやがる!!!至急職員室に来ォい!!!!


いいか!5分以内だ!それ以上かかった場合は―――


てめえの学生時代のバレンタインデー惨敗話で職員室中が盛り上がることになるぞォ!!!』






 


「ウオ゛ォアァ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


バァン!!!!!



 


それは最早絶望の叫びというよりは咆哮に近かった。


自分よりも大きな人間を相手取りながら、圧倒的不利な状況で爆発的な抵抗力を見せたナデシコは、目にも止まらぬ速さでルッチを押しのけ跳び起きる。その空間を揺るがす程の音は、ルッチが壁に激突した音か、かけられていたはずの鍵すらお構いなしに、勢いよく開け放たれた教室のドアの音か。或いはそのどちらもか。




「・・・・・・・・・・。」


ルッチが漸く状況を把握できるようになったのは「もうほぼ言ってんじゃんスパンダムのあほんだらァああああああああああああああああああああ」という、よりにもよって校内放送でとんでもない話を暴露した男の名を、呪詛のごとく叫びながら走り去るナデシコの声を耳にした時だった。


「――――チッ」


忌々し気に舌を打ちながらがしがしと髪を乱すルッチだったが、近くに置いたはずのチョコの箱がなくなっているのに気付き、幾分か怒りが収まる。


「はっ」


嘲笑一つ。あの状況下でもしっかりと受け取ったのだと思えば、悪くない結果だろう。
呼び出しをかけた男には然るべき報いを受けさせるのは当然として。




『・・・・・・――――アイスバーグさん』


今にも泣きそうな顔をさせた男の顔を、一時でも忘れさせてやったのなら溜飲が下がる。



小さな口にチョコを押し入れた指に舌を伸ばせば、馴染みのない甘ったるい味が走った。













忘れられないバレンタインデー









(馬鹿なの!?!馬鹿なの!!!!?!馬鹿でしょ!!!!!)
(おぉお゛いッ待て待てェ!これはてめえを救う為に必要な行為であってだなァ!)
(やり方ってもんがあるでしょが!!!!!!!!!!!!!!)






(てめえから貰ったチョコ自慢したらルッチに全部盗られたんだよ。ついでに奴のチョコ全部押し付けられた)
()
(まあ俺様的にはてめえのおやつ程度のチョコよりかは、本命故にガチのチョコが多く含まれるこの紙袋の方が数倍嬉しい訳で。大人しく受け取ってやったわ)
(ルッチの為に作ったチョコがこんなクソみたいな男に渡ってるだなんてあの子達知ったら命はないぞ)
(うるせえ。察して颯爽と助け舟だした俺様に感謝しやがれ。ッカー!こりゃ最早報酬だな。てめえのポカ話を肴に楽しむとするかァ!)
(こんな男に一瞬でもチョコを恵んでしまった私が馬鹿だった。明日のお天道様は拝めないと思え)










(・・・・・・クソ甘ェ)
(クルッポー!)






後半さっさと終わらせたくて走り書きだから加筆修正しますよ

二重の意味で忘れられないバレンタインデー

スパンダムはなんだかんだ助けてくれるけど助けてもらわなかった方がマシだったんじゃねえかと思うレベルのやり方で助けてくる(ありがた迷惑)
価値としてはルッチ宛のチョコの方が何倍も上だけど、今日初めて貰ったチョコを奪われて多少なりともルッチに仕返しがしたかった所存

ルッチはチョコをあげた(食わせた)事実さえあればそれでよかったはずなのに余計なことしたから邪魔された
アイスバーグさん思い出してる様が非常にムカつき候って感じなのでむしゃくしゃしてやった
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