学パロ

□冷たくて甘くてあっつくて
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この学校の良い所は、良くも悪くも自由性に富んでいることだ。





訂正。物は言いようである。



実際の所は、自由過ぎる教師・生徒のやること為すこと全てを御しきれず、厳しい校則や常識を現実逃避という名の元に放棄し、あえなくこの体制になっただけだ。


現状、問題を起こさない限りはある程度の自由が許されている。

否。問題児(無論問題『児』には大人も含まれる)だらけのこの学校で問題が起こらないことはなく、日常的に何かしらのアクシデントは発生する。自由を謳い掲げる我が校のスタンスとしては、外聞が悪くならない、身内間で解決できる程度の問題は許容範囲内なのだろう。



そんな職場で勤務し始めて暫く。


最初は教師らしく振舞おうとする時期はあったものの、多少の融通が利くとわかってからは自由にやらせてもらっている。
具体的に言えば文芸部の顧問として部室に居ながらも、我が校の文芸部は特に表立った活動もない為、堂々と残務整理にあたっている。顧問でありながら名ばかりのそれを盾に部室に籠り、ほぼ漫画を読むだけの惰性のような部活動に物申すことなく、他の職員を気にせず仕事のできるプライベート空間にしている時点で、自分も立派な自由人の仲間入りを果たしている。


生徒に対してもそうだ。慣れとは恐ろしいもので、問題が起きたとて騒ぎ立てはするものの、多少のことはスルーしたり、関わりたくない問題も解決できないこともないなと思える程度の適応力を身に着けた。つもりだ。





「・・・・・・・・・」




だから




目の前で堂々とアイスキャンディーを黙々と食べるルッチに対しても突っ込まないことにした。





しゃく、と。アイスを齧る音が嫌に聞こえた。


職務放棄かと疑われそうだが、ルッチの傍若無人ぶりは今に始まった事ではないので一々取り合っていられないのである。一つしかない扇風機が稼働するだけの暑い室内の中、これ見よがしに食されているアイスのことなど。



こちらも仕事中であるから、して。



「・・・・・・・・・・・・・・・・」



無視を決め込んでいたはずの目線が、自然とパソコンの画面からルッチの持っているアイス棒へと移り始める。

水色をした半分ほどになった棒が、また一口二口、しゃくりしゃくりとルッチの口の中へ消えていく。何故食品としては食欲を掻き立てられない色をしているのに、アイスとなった瞬間あの水色が恋しくなるのか。
オーソドックスなソーダ色が、暑さに負けて溶けていく。つー、と。棒を伝い落ちていきそうなそれを傾け、見せつけるようにルッチが噛みつく。




「・・・――」



それでも間に合わなかったのか、棒を持っていたルッチの指に何滴か落ちる。片耳に髪をかけたかと思うと、アイスを片手に持ち替えてその数滴に舌を伸ばした。


( う わ )


べろ、と。赤い舌が容赦なく拭い去っていったかと思うと、残り少ないアイスもそのままがぶりと食い尽くす。何度か咀嚼したあと、汗の滴る喉仏が上下した事から完食したのがわかった。余すことなく馳走になったと言わんばかりに、ぺろりと口元を満足そうに舐める。




「―――――」



ちら。と。挑発的にルッチが横目で視線を寄越した。




「・・・・・、」


ぐぅ、と低く唸りそうになるのを抑え、何度も同じ文を訂正しては書き直してを繰り返している注意力散漫な文章とのにらめっこを再開する。


正直に言おう。全くと言っていい程集中できない。
もっと正直に言うと猛烈にアイスが食べたい。そして悔しい。何故こんなにも自分は頑張っているのに、自堕落な部活動(主に漫画読書)に興じているだけのルッチが美味しい思いをしているのか。


あの男もこう暑くては氷菓子を食べるのかという意外な一面と、存外に美味そうに食べる姿に驚きを覚えると共に、その姿を見てしまったが故に、口の中に広がるソーダ味、渇きを覚えた喉をも潤す溶けて液状になったアイスの冷たさを。頬張り過ぎたせいで歯にじんじんと沁みるような感覚と、きーんと頭を痛ませる、厄介ながらも、今年も夏がきたのだなとしみじみ思わせるあの頭痛を――容易に想像できてしまう。


これはテロだ。飯ではないからなんと言ったらいいのか、スイテロか?


ここまで想像できているのに現物がないこの苦痛たるや。
もう完全にアイスの口だ。残務整理の為に働かなければいけない頭は最早アイスを食べたいという欲で満たされている。


おのれルッチめ。何を狙って――いや十中八九嫌がらせ以外の何ものでもないな。


ルッチのせいで欲に負けてしまった事実は認めよう。相手がどんなつもりかは9.5割方嫌がらせにしても、仕事を中断してまでアイスを優先させたことは称賛に値する。最早、蠱惑的と言っていいあのアイスの食し方は誇っていい。あいつアイス一つ食うのにあんなに色気を放出する必要があるのか。


実際、休憩を挟みたいと思っていた所だったから丁度いい、というのは流石に負け惜しみか。






「どこにいく」
「購買。ルッチのせいでアイス食べたくなったから買ってくる」
「ほう」




ルッチが興味深そうに呟きながら目を細める。口元は笑ってはいないが、あの目は機嫌がいい時の目だ。そして大体そういう目をしている時はろくなことが起きないこともわかっている。
続く言葉がこちらの行動を制限してくる前にと、扉に手をかけた瞬間――




「あの購買にあったアイスは――今しがた俺の口に入った物で最後だったが、そんな購買に何をしにいくんだお前は」





案の定、その言葉のおかげで扉は開くこと叶わず。


予想していたよりも衝撃の大きかった内容と、ふてぶてしい声音に忌々し気に振り向けば、口元に笑みを携えたルッチが出迎える。

『黒笑い』とか『暗黒微笑』とは、揶揄する表現だとばかり思っていたが、こいつはそれを素でやってのける悪意の塊。


棒だけになった元アイスを見せつけるように、手元でゆらゆらと遊ばせる鬼畜の所業。



「―――――・・・・・・・・・」



邪悪と言っていい程の存在を前に、言葉が何も出て来ない。
怒りを通り越して逆に冷静になってしまった頭は、言葉を失いながらも、奴の9.5割方の嫌がらせに、残りの0.5を足してやった。お前なんか十割悪魔だ馬鹿野郎。

















「ここに多めに買っておいたアイスが一つ残っている訳だが」




「あんのかい!!!」


『出来上がったものがこちらになります』と既視感を覚えるノリで、小型の冷蔵庫(冷凍庫)が開けられる。ふわりと解放された冷気と、その冷気の中にちょこんと鎮座しているアイスキャンディーの袋。


美味しそ、じゃないその冷蔵庫はどこから、私物か、というか何度言ったかわからんが教師をからかうな等々どこから突っ込めば、いやスルーという行為はこの学校で何より求められるスキルだ。奴等の自由を放置、見て見ぬふり、違う。あくまでスルー!!!


この問題児にどれだけ頭を悩まされているのか、数えきれない程の嫌がらせの数々が走馬灯のように蘇る。その都度怒りや苛々が倍増していき、わなわなと震えてしまう。手をあげない教師の鑑である自分を褒めて欲しい。(当たり前だ教師なんだから)

―――こ・・っいつの悪意は留まることを知らないのか。
っあ゛ぁー!!!(行き場のない怒り)何故!!!こんなにも!!!!





「暑さで大分頭がやられてるようだな」
「あんたのせいで頭がやられてんだよ!!!


ぐ・・・・・ッ」



駄目だ。いったん落ち着け。このままでは奴のペースだ。もう奴のペースな気しかしないが軌道修正は大事だ。態々アイスを見せるからには何かしらの要求か、此方がアイスを欲しているのをいいことに無理難題を押し付けてくるに違いない。なら、此方から見越して要求してしまえばいい。


――そうまでしてアイスが欲しいのかと言われると最早さっさと仕事を終わらせて退勤がてらコンビニに寄って買ってもいいような気もするが、ここでルッチを相手にしないのも後々響きそうなので敢えて乗っかってやっているのである。決して術中にはまっているのではない。乗っかってやっているのである!



あくまで上から目線で臨むことにする。しかし現実では実際に上から目線のまま、座っているルッチと応対しているので、椅子を持ってきて向かい側に座る。上下関係などないに等しい教師と生徒と言えど、生徒の手本となるべき立場の者が礼を失する訳にはいかない。

と言ってもルッチがふんぞり返る様に座っているだけで、正して座っていれば、座している状態でもルッチの方が高い。どこからどこまでも小憎らしい男だ。




「――お金払うよ。私にそのアイス売って欲しい」



ため息交じりに財布を取り出す。さも、仕方がないなーと、折れてやったと敗北者気取りのムーブをかましてみる。悔しがっては駄目だ。相手が喜ぶだけだ。生徒の無礼を許せる大人の余裕を見せつけるのを和す内容にしながら下手に出る。
ここでルッチが倍の金額を要求してきたり、「そんなものより「アイスを下さい」と言え」だのと、羞恥を交えた言質を取る行動に出るパターンも予想される。その時は「誰がやるかばーか!」と調子に乗り始めたルッチを小突いて、今度こそ部室から出て行ってやろう。
こんな問題児と同じ部屋にいるより、職員室で仕事した方が何倍もマシだ。捗るものも捗らない。



全てが上手くいくと思ったら大間違いだ。いつ何時だって言う事聞いてくれる都合のいい教師だと思われては御免だ。




「いらん」




来た。

こんなことを言うのはなんだが、金で解決できるならそれでも良かった。
何かしらの言質を取ろうとして今後の行動を制限されるのは避けたい。
一体何を要求してくるのか。




「お前の為に買ってきた物だ、金はいらん」






「――――――――」










きゅん







って来たと思っただろうルッチ!!!!






心の中でふんぞり返り、見下し過ぎて逆に見上げているポーズで高笑いを一つ。




成程成程、情に訴えてくるパターンか。予想の斜め上をいかれたせいで危うく、万に一つでもこんなふてぶてしい悪意の権化であるこの男を「可愛い」なんて思う所だった!いや教師が生徒を可愛いと思うのは当たり前のこととして。

手のかかる子程可愛いという言葉があるが、あれは自分の元から離れて他人事になった時の話だ。現在進行形で迷惑を被っている側としては、手のかかる子には今すぐいい子になって欲しいんですよ元々出来る子だってわかってますからねぇ゛いい加減私の教科だけ赤点取るのやめて下さい。


こんな具合なので、ルッチが卒業した後にでも「そういやルッチには苦労させられたな〜」みたいな思い出話の中で可愛がってやることにする。



「―――――。」



さてこいつのことだから、情に流された後は上げて落とす作戦か、否か。どう反応したものか。早めに反応しなければルッチの思惑に気付いていることに気付かれてしまう。そうまでして此方を弄り倒したいのかと相変わらず腹は立ちっぱなしだが、逆を言えばここまでして関心を得たいのかと思うとそのいじらしさは目を見張るものですね。素直におしゃべりできないタイプか。


取り敢えず『お前の為に』とはっきり言われたのだから、何のつもりかわからない厚意を甘んじて受け取ることにした。






「あ・・、ありが」






バリッ




「!?」




目の前でアイスの袋が開封される。


取り出されたのは、先程ルッチが食べていた物と同じソーダ味のアイスキャンディー。微かに漂う白い冷気でキンキンに冷えているのがわかる。表面には小さな氷の粒が輝いている。ソーダの甘い香りが鼻腔をくすぐり、舌がアイスを食べた時の感触を想像してしまい、ごくりと喉が鳴る。




しかし同時に嫌な予感もしていた。



こちらが礼を言う前に無慈悲に開封されたアイスキャンディー。


開封したからには食べなければいけない。
だが、私の為にと買ってきたアイスだというのに、此方の手に渡る前にルッチの手によって開けられてしまった。そうこうしている内にアイスの棒を手に取るルッチ。
すぐに食べられるように開けてくれたのだ、とか。気遣ってくれたとか夢を見る程馬鹿ではない。



「っ」



まさか、期待が高まっている今この瞬間に、目の前で食べる気か―――!


やはり上げて落とす作戦だったか、と後悔するよりも先に、せめてその思惑を少しでも阻止しようと口を開く。ルッチの口に入る前にこちらが齧りついてしまえば、このアイスは必然的に私の物だ。


――冷静に考えて、何故ここまで必死になっているのかと正気に帰って酷い後悔に襲われそうなので、そこはもう考えないことにした。今はただ、目の前のアイスを勝ち取るべし。





「―――んっぐ!?」



がぼんッと。衝撃は口に。音は自分の頭からした。

あれだけ求めていた冷たい甘さは無事口の中にあり、視界には水色の柱が口から続いている。だが、齧りつく勢いはこちらにあっただけに、この謎の衝撃に目を白黒させる。状況をよく理解できないでいると、このアイスを支えている男の手が目に入る。そこから視線を上に辿ると、酷く楽しそうに笑うルッチの顔があった。





「そんなに待ちきれなかったなら俺が食わせてやる」




この顔は駄目だ、とすぐに悟った。失敗した。


まるで死刑宣告を受けたかのような気分で、この茹だるような暑さの中でも身体はこれから起こることへの恐怖に冷えていく。行儀の悪さに目を瞑り、今からでもこの冷えの原因たるアイスを離してしまおうか。そう思える程に、心の底から楽しんでいるルッチの笑顔が怖い。



「ぅ・・・・・」



毎度負けるのを許容できる程、諦めは良くない。が、どう転んだ所でルッチを楽しませることには変わりなかったのだと、ルッチとの応戦で何度目かの後悔をする。此方の足掻きはさぞ滑稽に映っただろう。



催促するように―――口の中のアイスがぐぐ、と口内を押し上げた。








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