学パロ
□冷たくて甘くてあっつくて
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「・・・早く食わないと溶けるぞ」
至極楽しそうな男の声に、目の前の小さな頭がピクリと動く。恨めしそうな視線が飛んでくると思えば、既に嫌気がさしているのか、諦めているのか。出来るだけ気に留めないようにと、意図的に無視する意志は伝わった。
一、いや二回りは大きさの違う手を、握りつぶさないように抑える。食わせてやると言った手前、支えるのは此方でも良かったかと思いながらも、退路を断たなければこの光景は見られなかったことを抜きにしても、多く触れられるのであれば悪くないと思った。
アイスの棒を持つナデシコの手を、その大きな手で包みながらルッチは口角を上げた。抑えるのは片手だけでいい。目の前の氷菓子を食べる以外でここから抜け出す方法がないのだから。
小さな口がかぱ、と控えめに開口する。やはり恥じらいはあるのか戸惑いが見られたが、さっさと終わらせたいと思っているのも事実なので、ナデシコは意を決してアイスに齧り付く。
程なくして歯で齧りとった部分を器用に棒から抜き取っていった。
しゃく、しゃく、と。
口の中でくぐもりながら、アイスが咀嚼される音がする。頬杖をつきながら横からその表情を見やれば、腑に落ちない顔をしながらも、望んでいた冷たさと甘さを味わえて多少眉根が緩んでいた。
しかし、早くしなければ溶けてしまう現状。長く味わえない苦悩に再び眉間に皺を寄せながら、二口目を口にしようと身を乗り出す。
はぁ、と。息継ぎのように吐き出される息と共に覗く赤い舌。
かしん。一齧りしては咀嚼を繰り返し、遅すぎず、早すぎないペースで食べ進めていく。焦りから早く食べようとすれば頭痛に襲われる。そうすれば余計に時間がかかるとわかっているのだろう。ルッチとしてはそれはそれで見物だったが、対象をゆっくりと眺めていられることに変わりはなく、相変わらずその口元には不敵な笑みが零れている。
目の前で食べる様をじっくりと観察されている羞恥に、隠し切れない赤みを帯びた頬。暑さからか焦りからか、こめかみから伝い落ちてくる汗。脱出を試みようとしているのか、手の内で微かに動くいじらしくも憐れな抵抗。
蝉の声、部活動に勤しむ生徒の声が遠く聞こえる部室の中。聞こえるのは小さな咀嚼音と、齧りつく際に時折漏れる悩まし気な声。
唯一の風を送り込む扇風機が、ナデシコの髪をなびかせる。汗のせいで頬に張り付いてしまった髪を耳にかけてやれば、くすぐったかったのか「んん、」とアイスを咥えたままのナデシコが、ふるりと身を捩る。
耳にかかった髪の毛が、汗ばんだ首元を曝していく。首筋をなぞるように落ちていく汗を、自然と目が追った。
「―――――・・・」
息をするのを忘れていたのか、立ち込めた吐息を外に出す。お遊びのつもりで始めたものだったが、予想していたよりも面白い反応が見られて男はご満悦な様子でいる。少々の興奮が入り混じる好奇心。健全な男子高校生であればその旺盛な好奇心は当然の事だが、如何せんこの男のやり方の厭らしさは年相応のそれを超えている。
「は、ぁ―――、む」
支柱が現れたせいで、上から齧りつくことが困難になってくる。仕方なく顔を傾け、横から齧り取っていく。口に含める面積が減ったことと、たらたらと溶けだし始めたアイスキャンディーに、ナデシコの焦燥は掻き立てられていく。ちゅ、ちゅ、と。見苦しいとわかっていても、ルッチの手に雫が落ちないよう、水分を吸い出すように、濡れた唇が根本部分に吸い付いていく。
最初は楽しそうに眺めていたルッチだが――と言っても楽しいと感じている事には変わりはない――いつの間にかその口元の笑みはどこかへと消え、ナデシコの一挙一動を逃さず見つめている。その瞳は食い入るが如く、標的を捉えた肉食動物のように獰猛な色を秘めている。
狙われて居るとも気付かず、とにかくアイスを完食することで頭がいっぱいになっているナデシコは、ルッチを喜ばせる仕草を惜しげもなく晒しながら齧りついていく。無自覚だとはわかっていても、まるで誘いを受けているようで、思わずルッチの口元から白い歯が覗く。
ぐっ
「っうぁ」
「・・・・・・・――!」
無意識に、ナデシコを抑えつけている手に力が入っていたらしい――気付いてからは多少の冷静を取り戻した。けしかけておいてなんだが、随分と煽ってくれる。悪態でもつきながら、色気の「い」の字もない食べ方をするのかと思いきや、なかなかどうして。
「ふ・・・・」
こくん。最後のひとかけらが飲み込まれた音。自由の効かない状態での完食は流石に堪えたようで、長い溜息が緊迫を解くように流れていく。同時に、ルッチの手の拘束も解かれる。密着していたせいで少々汗ばんだのか、手が離れた瞬間、気化熱で妙に涼しく感じた。
その冷たさで我に帰ったのか、妙な雰囲気に飲まれぼうっとしていたナデシコの目が段々と正気を取り戻していく。
ガタンッ
立ち上がった勢いが強く、椅子が大きく揺れる。目を見開き顔を真っ赤にしたナデシコは、言葉なくわなわなと震えてルッチを見下ろしていた。その視線を追うようにしてルッチが見上げれば、何かを言おうとした唇が、言葉をうまく紡げずに小さな悲鳴を上げていた。
「―ぁ――ぅ―、―・・・・・・っ!」
漸く絞り出した声は
「ば、か・・っ」
短くも全ての悪態が凝縮されていた。
「ルッチ〜珍しく残っとると思えば何やっとるんじゃ。電気もつけずにぼけーっとして。もう下校時間過ぎるぞ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「げっ・・!んだこの部屋!あまったりィ〜ッ!何をどうしたら文芸部でこんな匂いがすんだよ・・アイスでも食ったのかぁ?」
カタン、と。
部室の椅子に座る人影が動いた音。
「・・・・・・・・・・・・・・・―――もうそんな時間か」
藍色と橙色の混じった空。陽が落ちようとも微かな明るさが残るそれが、薄暗い部屋を仄かに照らしている。随分と、時間が経過していた。
既に校内に残る生徒は少ない。遠く聞こえる声は既に下校時のものに変わっていた。
「なんじゃ。寝てたんか」
「しらん」
「しらんて」
部室に一人取り残されていたルッチを迎えに来たカク、ジャブラは、様子のおかしいルッチに首を傾げる。甘い匂いの残る部室内からして何かあったのかは察せたが、何があったかまではわからなかった。
だが、近くに来たカクは――薄暗い中でもルッチの異常性に気付いた。
「――――ルッチ、耳」
「帰るぞ」
「おーおー待て待て!」
追及する前に、対象はさっさと荷物を持って退出しようとする。脚の長い男はただ歩くだけで歩幅が相当なものだが、それを抜きにしても足早な気がしてならない。明らかに誤魔化す、ないしこのまま有耶無耶にしようとしている意図を察したカクは、逃がすまいとその後を追った。ジャブラは「なんだってんだよ・・・」と、呆れた様子でその二人の背を追おうとする。
「!」
すん、と。もう一度鼻を効かせれば。
甘い匂いとは別に、ルッチからよく嗅ぐ匂いが鼻をつく。
「・・・・・・・・・・・・・・ふーん?」
自然と口元がニヤつくのが自分でもわかった。そしてカクが楽し気にルッチを追っていた理由も。うまくいけばルッチの弱味を握れるかもしれないと踏んだジャブラは、スキップでもしそうな軽快さで二人を追いかけ、部屋を後にした。
「・・・・・・・・あいつが卒業するまでに一回は勝ちたい・・。自由性を尊重し過ぎて馬鹿を見ました。放置いくない」
「あーーーー」
職員室で突っ伏するナデシコの顔は見えなくも、その恨めし気に呟かれた言葉で何があったのかを察したスパンダム。なんと言葉をかければ良いのか――面倒になって何とも言えない伸ばし声。
伏せるナデシコの耳元から項が真っ赤であることから、ルッチ関連の出来事には本当に関わりたくねえなと、苦い顔をしたのだった。
冷たくて甘くてあっつくて
(ある意味、あいつお前に一度も勝てた事ねえんだけどな)
(なあルッチ!ナデシコと何があったんじゃ!なんか進展あったんか!!)
(そうだぜルッチ〜!今日だって部室に二人っきりだったんだ狼牙!絶対なんかあったろ!!な!?んなに耳真っ赤にして―――っいっでェ!?!?何すんだてめぇ!!!)
(・・・・・・・・フン)
(ルッチの馬鹿ルッチの馬鹿ルッチの馬鹿でも一番馬鹿やったのは私・・・何やってんの・・)
今夜はきっと熱帯夜。