モブサイコ100
□同じ痛みを抱えた者同士になる
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のしかかっていた小さな身体が、差を見せつけるかのように男の身体から跳ね飛ばされる。
封じていた手をどうこうするよりも早く起き上がった快野は再びその手に赤い閃光を仄めかし、体勢を整える。
対するアズはその手を脅威だと感じながらも逃げる素振りさえ見せない。
堂々たるその佇まいに快野は苦笑した。
「おとなしく怖がってくれれば少しくらい譲歩するのに」
「仮に私の能力を奪ってどうする?」
「確実に今より御しやすくなる」
「・・・どうかな」
「だろうね」
アズは能力がなくともその身一つで快野を返り討つだろう。仮に快野の能力で自らの能力を破壊されたとしても、テルの能力が無事であれば些末事にする程に。
「その能力で俺が次にどう動くか見えるからな。
ま、能力を奪った先で勝てるかどうかなんてことは問題じゃないよ。
俺の能力は『これ』に限ったことじゃないんだから」
「・・・・・・・・・・。」
快野の能力は他者から目に見えないものを奪い、そして別の形として納めること。
他の能力者にも言える事だが、それは能力者が編み出した、もしくは元々持っていた一つの『技』であって――基本的な念動力が全くないとは言えない。
確かに無手のアズにとって念動力を相手取る場合、今のような優位に立つことは難しいだろう。
何処から襲ってきても対応できるように構えはするが、そんなものも微々たる抵抗に過ぎない。
現に快野はそんな脅しのようなものをかけたあとも、飄々としている。
「第七支部にさ。桜威って奴いただろ」
思い出話をするかのような軽い声。
仮にも戦闘中だというのに快野は話を続ける。
「?」
「あの眼鏡の頬に傷ある呪いを込めた玩具使う奴」
「・・・・・ああ」
「あいつの部屋に入った時どう思った?」
「―――――」
あの時。
テルを助ける為に不用意に入った『封印部屋』。
超能力の一切を封じられ、いつもなら人がそこに一人いるだけで気を抜けば心の声が入ってくるような――そんな日常を消し去った場所。
クリアな視界に雑音のない心地の良い静寂。
「ああ、楽だな。
って思わなかった?」
「!」
快野の言葉にアズは微かに肩を震わせる。
今まさに思っていたことを口にされたからだ。
他者の心を知るばかりの自分が、まさかその立場になるとは予想外だった。
快野はその様子に気付きながらも続ける。
「余計なお世話だって言われると思ってたから言わなかったけど・・・・その能力がなければ今よりずっと生きやすくなると思うんだよね」
一歩、歩く。
「俺が能力を奪うのは単にお前の動きを制する為だけじゃない」
「・・・・・・っ」
二歩。今度の歩みは大きく、此方の相手方の様子を見るだけの伺う姿勢を怯ませる。
「梓、俺ならその能力を失くすことができる。いや――完全に失う訳じゃない、お前が望んだ時に雑音や視界を邪魔するその煩い能力を消すことができる」
「・・・・・・それ、何か快野にメリットあるのか?」
「自己満足だよ。梓と一緒。
相手にどう思われてもいい。むしろ何も思われないかもしれない。それでも自分のこうしたいと思う気持ちをかなえるだけの自己満足」
三歩。
「自分を保つだけの虚しい見栄っ張り」
歩く音が消えた。
「花沢輝気と話すのは楽しかった?」
「――――ッ!!!!」
声が後ろにあると脳が認識するよりも早く快野の腕がアズの身体を羽交い絞めにする。
先程のお返しだと言わんばかりに此方の自由を奪う快野の力に容赦はなく、今度はアズが地面へと伏すこととなった。
「はは・・・っ動揺した。ほんとにあいつのことになると駄目だ、なっ!」
「・・・・・・・・・ぅる、さ・・・あ゛ッ」
「腕の一本持って行った方がいいかな」
ギリギリと後ろで押さえつけられた手がゆっくりと捻り上げられる。全体重をかけられた上に
そんなことをされてはアズの勝機は大幅になくなるだろう。
アズの苦痛に歪む表情を見下ろしながら、空いている手を太腿へと滑らせる。
「腕より脚かな。脚がなければ戦うことも歩くことも当分できないし」
「―――――」
つつ、と太腿をなぞる指はからかうように円を描く。だがそのふざけた動きは本気になれば宣言通り脚の骨の一本や二本、やすやすとへし折っていくだろう。
「これでわかっただろ。別に俺はまともにお前の相手しなくてもどうにかできる、どうにでもできる」
見下ろす瞳は茶化しているようなそれではなく、本気でアズの四肢を活動不能にしようとしている色をしていた。能力を使うことも考えたが相手も能力者。そしてこの状況、快野は此方の自由を奪ったにもかかわらず慢心などしておらず、むしろ下手に回ってしまった此方の動揺交じりの言葉等容易く跳ねのけてしまうだろう。
「・・・・・・・・余裕なさ過ぎるね」
「そっちは随分余裕だね。諦めた?」
「抵抗して折られるくらいなら大人しくするよ」
事実だ。
「私が言ってるのは今の話じゃなくて、快野自身のことだよ」
「どういう」
「心に余裕がなさ過ぎる。一分一秒を生きるのにも余計な気をまわしてられないような、そんな切迫さ」
「何?力じゃ勝てないからって言葉で動揺させようって?花沢輝気のことで動揺する梓が笑わせようとしてる?」
「痛い所を突くな。
――純粋な疑問だよ」
思えば――快野の目的がはっきりしないまま此処まで来てしまった。
快野があまりにも馬鹿正直に生きているものだから、能力による詮索は不要だとしていた自分の詰めの甘さが何よりの原因。
だからと今その能力を使って快野の目的を知ろうなどとは思わない。むしろ警戒してる今、能力に頼った強制的な言葉で語らせてはいけない。心を自ら覗くような無粋な真似もしたくなかった。
「当てて見せてよ。面白い内容だったらいくつか答えてやってもいい」
「そう。質問はしてもいいか?快野のことほとんどしらないから」
「それも面白い質問だったら答える」
快野は余裕のある笑みだが、依然として拘束している力を解く気配はない。当たり前なことだが会話の途中で気を緩めるかと一縷の望みにかけていたアズは、やれやれと言った様子で息を吐いた。
「最近調味市に帰ってきたみたいな言い方してたけど、それは一人暮らししてたから?」
「引っ越したからって前に言わなかったっけ?ちゃんと家族みんなで離れてたよ」
「家族構成は」
「父と母と弟が一人。お前の弟にも負けない可愛さだよ」
「それは弟が可愛い云々じゃなくてお前が私と同じくらい弟を可愛いと思ってるとかそういう話だろ」
「ああ、そういえばそうだな」
けらけらと楽しそうに快野は笑う。
アズは思う所はあったが、思案する暇もなく続ける。
「快野はいつから超能力者だった?」
「最初から」
「家族に超能力者は」
「いないよ。俺一人」
「一人で寂しかった?」
「うん、すごく」
「なら小学生の時私を見つけた時さぞ喜んだだろうね」
「梓は俺のことなんか忘れてたけどね」
「それは、・・・ごめん」
快野は今更気にすることもないのかからからと笑う。
「快野」
「なに」
「今も寂しいんだと思うよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
沈黙が答えかどうかは判断し難かった。
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