短編
□動物的本能で逃げたい一心である
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シングルベッドが一つと、テーブルと椅子が一脚。シャワールームとトイレ。部屋の明かりは最小限。カーテンも決して開かれることはない。体を休めるためだけのシンプルな部屋。
変装を解いた秀一が一時的に身を隠す場所。その場所に私は引きずられるように連れてこられた。
部屋に入り扉が閉じると同時に、秀一を壁ドンした。私が秀一を壁ドンした。大事なことなので二度言いました。
ジャケットの襟元を両手で掴んでする壁ドンは、トキメキも何もない。むしろ喧嘩売っている。だって、私、何も悪いことしてない。部屋に連れ込んで何する気か大体の予想はできるけど、恋人だからって何でもかんでも言うこと聞くお人形さんしてたら身がもたない。特にこの赤井秀一と言う男はいろんな意味でタフなのだから。
どうせスルならできるだけ主導権は握っていたい。
「秀一がヤキモチなんて、随分可愛らしいじゃない?」
睨み付けると言うよりは、挑発するように見上げる形になってしまうが、この際気にしない。ニヤリと笑ってわざと上唇を舐める。
そんな私をみて秀一も目を細めて口角を上げた。
「そんな挑発では許してやれないな。」
壁ドンしてるのは私なのに、腰を引き寄せられて反射的に上を向いたら、覆いかぶさるようにキスをされた。しかも深いやつ!
掴んでた襟元を押しても叩いてもビクともしない。それどころか、私が抵抗すればするほど、口内を攻められ、飲み込めない唾液が卑猥な音を立てながら口の端からこぼれ落ちた。
タバコとウイスキーの味がするキスは私を一瞬で酔わせてしまう。
もはや立っているのもやっとの状態。悔しげに秀一を睨むが、睨まれた秀一は欲望を剥き出しにした獣のような目で私を見下ろしていた。
背中に嫌な汗が流れる。動物的本能で逃げたい一心である。
「キスだけで降参か?随分と可愛らしい反応だな。」
イヤラしく唇を舐める秀一に、不覚にも反応してしまった。しかも、さっき私がしたことをやり返すあたり、今日は本気なんだと思い知らされる。
主導権どころか、抵抗も待ったも一切聞き入れてはくれないだろう。
覚悟はしていたが、この男の本気にどこまでついていけるか、正直、早々に意識飛ばして終わらせたいと真剣に考えてしまった。