月の王子様

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正直、数回しか合っていない男のこんな姿を見たら逃げ出すんじゃないかと思っていた。けど、苗字は目をそらすこともなく、しばらく萩原を見てから一歩、また一歩と近づいて行った。



萩原の顔のすぐそばまで来ると手を出したが萩原に触れる前に止まった。…やはり抵抗はあるか。



「松田さん。萩原さんに触っても大丈夫ですか?痛くないですかね?」



どうやら触れることに抵抗したのではなく、萩原に気を使ったらしい。



「痛くて飛び起きるくらいがちょうど良い。嫌じゃなきゃ触れてやってくれ。」



俺の言葉を聞いてキョトンとしていたが、冗談に気がついて小さく笑ってからそっと萩原の頬に触れた。両手で萩原の頬を包むとポタポタと泣き出した。



「!」
「………暖かい。」
「?」
「良かった。生きてて、良かった。」



俺はそっと病室を出た。随分と肝の座った良い女じゃねーか。萩原、いつまでも寝てっと俺が奪っちまうぞ?だから、苗字のためにも早く起きろよ。



外で一服して病室に戻ると苗字は萩原の手に自分の手を重ねて静かに萩原の寝顔を見ていた。



「暇な時でかまわないから、また、見舞いに来てやってくれないか?」
「………良いんですか?」
「ああ、萩原も俺が来るより喜ぶだろうよ。」
「そんなことないと思いますが……。また、来ます。」



病院の外まで苗字を送り俺は再び萩原の元に戻った。



彼女が今のこいつを見て怖がらなかったのは幸運だった。もっと早くに苗字を見つけていたらと思うが、そんなことを今更思っても仕方ない。



早く目覚めてもらわなきゃ困るんだ。もう時間がない。



あと三ヶ月。三ヶ月以内には萩原の生命維持装置は外される。こいつの装置は税金で賄っている。いつまでも一人の捜査官に税金を使うことはできない。起きる見込みがないと判断されれば、生命維持装置を外される。それは、萩原の死を意味していた。
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