氷帝中心[SS]

□王様の昼休
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練習後、テニス部の日誌を見ながら跡部景吾は溜息をついた。高級感溢れるソファに制服で腰掛け、脚を組み、少し前に忍足が淹れてくれた紅茶を飲みながら、パラパラとページを捲った。

「あいつら、また適当に書きやがって・・・」

今日の日誌担当は向日だ。跡部は向日が書いた欄の下に一言コメントを書き、日誌を静かに閉じた。もう時間も遅い。ソファに腰掛けたまま鞄から携帯を取り出し、いつも送迎をしてくれる使用人を呼ぼうとした時

(・・・何だか眠いな)
 
突然、激しい眠気に襲われた。それは就寝前のウトウトなどのレベルではない。不覚にも跡部は携帯を握りしめたまま、深い眠りについてしまった。
 
 
 目を開けると、そこは部室でも家でもなく、窓から月明かりが差した薄暗い教室だった。跡部は月明かりを頼りに辺りを見回すと、部室に置いてあった筈の荷物があることは確認した。後ろの扉から教室を出ようとした所で、突然開く前の扉。
 
 「やあ、跡部くん」
 「井澤先生」
 「跡部くんがこんな時間に、教室で電気もつけずに何してるんだい?」
 
 人当たりの良さそうな顔で近寄ってくる井澤という教師。学校の王様として居座っている身としては、眠りから醒めたら教室にいました。なんて理由は言える訳が無かった。跡部は自分のプライドを傷つける事が出来ずに、内心恥ずかしながら「それは・・・」と口ごもった。
 
 「俺のことよりも・・・。先生は見回りですか?」
 「まぁそんな所かな」
 
 井澤先生こと井澤司郎は四十五歳の数学の教師だ。跡部とはそこまで接点は無い。普段は穏やかな彼だが、今跡部を見ている彼の目は、どこかいつもと違ったように見えた。
 
 「お疲れ様です。では俺はこれで」
 
 荷物を持ち、井澤の横を通ろうとしたところで、「待て」と肩に手を置かれてしまった。
 
 「跡部くんに話さないといけないことがあってね」
 「何でしょう。手短にお願いします」
 「教師にだって生意気言うね。まぁいい・・・これなんだけど」
 
 井澤がズボンのポケットから取り出した携帯に写っている映像。それは・・・
 
 『あっ、やぁ・・・忍足ぃ・・・』
 『跡部、もっと顔見せてや』
 『こんなみっともねぇ顔、忍足に見せられるかよっ・・・』
 
 そこに写っているのは、毎日鏡で対面する人物。すなわち自分と、愛する忍足侑士が部室でセックスをしている映像であった。
 
 「はは、びっくりしたよ。この学校の王様の跡部くんが、部室でセックスしてるなんてね。しかも男と」
 「脅しているつもりですか」
 「脅してなんか無いさ。跡部くんは知らない?部室はセックスするための場所じゃない・・・ラブホ代わりに使う所じゃないって事」
 
 ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべる井澤は携帯を弄り、別のページを表示し、再び跡部の前に画面を突き出した。
 
 「氷帝学園のホームページだよ。『我が校の生徒会長は同性愛についての理解を広げるため、自ら同性との性行為に勤しむ』なんて動画と説明を貼り付けたら、一気に有名になるんじゃないかな」
 「な・・・」
 
 起きたらここにいた事、セキュリティは完璧な筈なのに盗撮されていた事など、賢い頭でも追いつかない程色々なことが起こりすぎて、流石の跡部も返す言葉が思いつかなかった。
 
 「ま、阻止したかったら、明日の昼休みに一人で三年のフロアの空き教室に来るように」
 
 それだけ言うと、井澤は教室を出ていった。残された跡部は暫く時間を置いてから、迎えが待つ学校の外へ出た。
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