第n次カラメル抗争
□カラメルのほろ苦さ
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お互いのボスを放って抗争の後片付けをしながら雅斗はずっと気になっていたことを口にした。
「てかうちのボスは今度は何やらかして怒らせたんだ?知ってるだろ葵」
「おうよ。うちのボスがドン・フィアンマにプレゼントしたルビーのピアスをこっそり持ち出したんだ。俺はそのピアスをドン・フィアンマが外すタイミングを調べろと言われてたのさ」
「は?つまり?相手にプレゼントしたピアスを勝手に持ち出して怒らせた?」
「そうそう」
どんな状況だそれ。なんのためにそんなめんどくさいことを。
それを聞いた青藍が合点がいったように口を開いた。
「なるほどねえそれは怒るよ焔羅くん。あのピアスすごい大事にしてたもん」
そりゃ大事にしていたもの盗まれたら怒るのはわかる。
問題はなぜ自分でプレゼントしたものを盗む必要があったのかだ。
「それでうちのボス楽しそうだったのかあ」
「あおちゃんどういうこと?」
雪弥が倒れた植木を戻しながら雅斗の疑問を代弁した。
「つまりよ、ドン・フィアンマが怒れば怒るほど、うちのボスは嬉しいのさ」
「……待てよ、まさかそのためだけにピアス盗んだのか?」
「十中八九そうだな!」
大事なピアスを盗まれた!そう焔羅が怒るほど"楓がプレゼントしたピアスを大切に思っている"ということになる。
楓は、それを見たいが為だけに、自分でプレゼントしておいて自分で盗むという奇行に走ったのだ。
"楓にもらった""大事な"ピアスのために、ファミリー総出で乗り込んできた焔羅を見て嬉しがっていたのである。
雅斗はその考えに至った拍子に力んでしまった。
「ほんとマジでくだらねえな!!!」
手に持っていた枝が曲がった。
倒れたベンチを起こしていた青藍がしみじみと告げる。
「いっその事焔羅くんがドン・マーレを閉じ込めて二人で暮らしてくれたらいいんじゃないかなあ」
「たしかにそのほうが僕たちも巻き込まれなくて済むかも」
「葵、どこか遠いところにいい別荘でもないか調べておいてくれ。ドン・フィアンマに教える」
「あいあいさー」
「あ、そこはドン・マーレじゃなくて焔羅くんなんだ」
「そのほうが手っ取り早い」
楓に教えたところで、もっとアイツを虐めたいとか言ってすぐには移住しないだろう。
「寝室いくついるかな?」
「ひとつで十分だろ。キングサイズのベッドひとつ置いておけ。つーかとりあえず放り出せば勝手に二人で揃えるだろ」
馬に蹴られるのはごめんだ。
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一方、当の本人たちは痴話喧嘩(抗争)の決着をつけようとしていた。
「あれは俺のピアスだ勝手に触るな」
「俺がプレゼントした、だろ?」
「楓がプレゼントしたものだろうがプレゼントした時点で俺のものだ絶対に返さない」
楓の胸ぐらを掴んだ焔羅はそのまま椅子から立たせていた。立ったことで今度は楓が焔羅を見下ろすことになっている。
「だいたい、俺が怒ってるの見て喜んでることが気に食わないんだよド変態!」
「それでも取り返しに乗り込んできたんだろ?」
「〜〜〜〜っくそ腹立つ!!!!」
焔羅が拳を振りかぶった。楓は胸ぐらを掴まれていた手を振りほどき、拳を手のひらで受け止める。
本気の拳だった。手のひらがじんじんする。
これをまともに食らっていたら昏倒していたかもしれない。
これまで数え切れないくらい焔羅にちょっかいをだし、数え切れないくらい怒らせてきた楓だったが、これほど怒っているのを見るのは初めてだった。
嬉しさで思わず口角があがる。
ニヤけた顔で見下ろされ焔羅ギリッと歯を食いしばった。
「調子に、乗るな!」
「!」
足払いをかけられ体勢をくずした楓、床に倒れそうになったところで、怒りで顔を真っ赤にしている焔羅の腕を掴んだ。
二人して床に倒れ込む。
咄嗟に受け身をとった焔羅は、すかさず楓にのしかかられた。
「いい眺めだな」
「黙れ」
「ぐっ、お前は足癖が悪いな」
容赦ない膝蹴りが腹に入る。しかし楓も譲らなかった。
焔羅の脚と自分の長い脚を絡めてしまった。
焔羅も動けなくなり腕を振り上げるがそれも楓に掴まれてしまう。
「…離せ」
「離したら殴るだろ」
「当たり前だ歯ぁくいしばれ」
「殴られて喜ぶ趣味はないんでね」
「その趣味のがマシなんじゃないか?ド変態野郎」
「いつにも増して口が悪いぞ焔羅」
「手癖の悪い楓に言われたくねー!」
怒りが収まらない焔羅はふーふーと荒い息をしている。売り言葉に買い言葉だ。何を言っても怒るだろう。
キッと鋭い目で楓を睨みつけていた焔羅が、ハッとしたように視線をずらした。
そしてみるみると眉間に皺を寄せる。
「楓……耳の……まさか……」
「やっと気づいたか。お望みのものならここに」
楓が髪を耳にかけた。
焔羅のルビーのピアスがそこにつけられている。
焔羅の肩がわなわなと震え出した。もちろん怒りでだ。
そのうち脳の血管が切れるんじゃないかとさすがに心配になってきた楓。いや、すべての元凶だが。
「耳食いちぎってやる……っ!?」
耳に噛み付こうと開いた口に、待ってましたとばかりに噛み付いたのは楓のほうだった。
がっちりと頭を抑えて、永遠と唇を貪る。
「はな、っん、」
「舌入れたら噛みちぎりそうだな」
「当たり前だ…っ、」
「!?」
大人しくやられている焔羅ではない。重心をずらしあっという間に楓を転がした。
楓の頭を床に押さえつけ、背中にのしかかって鼻で笑う。
「……ふん、楓にはその色似合わないな。人の物盗ってごめんなさい、は?」
「今日は騎乗位か……っぐ、」
「口が減らないな。お綺麗な顔が床に擦れていい気味だ。永遠に床とキスしてろ」
「それじゃお前の唇が寂しがるだろ」
「他をあたればいい」
「………は?」
何をされてもにやけ顔だった楓の表情が消えた。
急な空気の違いに焔羅が眉を寄せる。
瞬間、焔羅は再び床に転がされていた。
「他を、あたる、だと?」
ガシャンと近くで音がした。
「はっ!?ほんとに手錠…!」
「俺じゃなきゃだめだって言うまで外さないからな」
「はあ!?!?」
黒いネクタイを緩めながら焔羅の首元に手を伸ばす楓。
結局、朝までずっとこのやりとりを続けた二人だったが、楓の地雷を焔羅が踏んだ時点で決着はついていた。
勝敗:攻防の末ドン・フィアンマに「楓なしじゃ生きていけない」と言わせたドン・マーレの勝利。
これでカウントは110:31。
なお、この日の賭けはほとんどの人がフィアンマファミリーに賭けていたため、マーレファミリーに賭けた人はぼろ儲けであった。
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