BLACK

□change the world
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時間は9時半になっている。そろそろファイ達も宿舎に戻っているだろう。
戸締まりと片付けをしつつ、今日はファイは自分の部屋にやってくるのだろうかと考える。あの気まぐれはちょっと予測不能だ。そこが兄のかわいいところでもあるけれど。正直今日は辛い。

チェストとソファの間に先程の行為に使ったローションのボトルが落ちているを見付けてあわてて引き出しの奥深くにしまい込んだ。そこにはもうひとつ、今日は使われなかった本来男女が使う避妊具もしまわれていた。彼は必ず使おうとしてくれるけど、オレがほんの少しの隔たりも嫌だと拒んだ。そしてナカにちょうだい、と泣いてねだったオレに何度も望み通りにしてくれた。
後始末はしてくれたけれど、きっとまだ体内に残っている。こんな躯でなにも知らずに夜食を催促するファイに笑顔でサンドイッチを作ってやったりするのだ。なんておぞましいんだろう。
そう、何も知らないファイに。

−−−何も、知らない?


ファイが木曜の夜に茶道や華道といったお稽古事をはじめたのは春頃だった。

「黒たん先生は運動部の総括顧問でーなんでも一通りこなすじゃない?でもオレ文化部の総括顧問なのになーんにもできないんだよねぇー」

そう言ってさくらちゃんや知世ちゃんに紹介してもらって毎週あちこち飛び回っている。

それはちょうど‥オレ達がなにか逆らえない力に負けたように初めて体を重ねてしまったすぐ後で



彼がでていった窓のガラスに額を押し付ける。初夏とはいえ夜のひんやりした空気がガラス越しに伝わる。

「‥ちがう。最初からもしかしてって、思ってたくせに‥」

どこまでオレは汚いんだろう。最初からそんなこと気付いていたのに目を背けていた。
きっと、彼も同じ事を思っているはずだ。ファイが本当のところ気がついているのかどうかさえ、もしかしてわかっているのかも知れない。


どのみち、結論はもうすぐでるのだろう。
彼がこんな関係をずるずる続けるとはとても思えなかった。
一時でも彼は生き方を変えてまで、オレを抱きしめてくれた。

もう、それで充分だと‥
思わなくては。

そしてファイとも昔みたいに。

夜の闇しか見えないガラスに苦しげな顔がぼんやりと映っていて。その顔に自分は恋をしているのだと思い知る。その時頭の中でなにかがぱちんとはじけた

そうだ。ファイの事はもちろん傷つけたくない。これからも永遠に最愛の兄だ。
だけど。
昔の自分に戻りたい訳じゃない、とはっきり感じた。

彼に会う以前オレの世界は水彩画のように淡く、ふわふわしていた。大切な兄弟がいて、それなりにうちこめる仕事もあって。優しい世界だった。だけどファイはちゃんと大人になって自分の世界をみつけて、遠くへ行ってしまった。仕事も結局はこうして学園に誘われてふらりと職場を替えれるぐらいで。 どこか地に足がつかない、そんな日々。

だけど彼に出会って世界は一変した。見えるものすべてが極彩色に彩りをかえ、曖昧だった輪郭はくっきりと浮かび上がる。抗えない大きな力でがんじがらめになって息をすることさえ苦しい。彼から離れなくてはいけないのに必死で繋ぎとめる手段を探している
なんてグロテスクで汚くて‥でも愛しい世界。


初めて彼に抱かれた時、その痛みに生きている事を実感した。



ねぇ、ファイ。オレは君に全て返さなくてはいけない。彼のぬくもり、ぶっきらぼうな優しさ、肌を寄せ合う時間。彼と共に過ごす未来があるのはファイだから。こんなに酷い事をしていてもオレのファイの幸せを祈る気持ちは本当だから。



だからやがてすべてを手放した時。この、愛しい苦しみだけは




オレのものにしてもいいだろうか






準備室の窓を大きく開けると二人の匂いが混ざった濃密な空気が夜の闇に流れていった



end






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